知る人ぞ知るトミーとタペンスの冒険ミステリシリーズの第三弾である。アガサのミステリの中で、「読んで楽しい」ものといえば、このトミーとタペンスシリーズにとどめをさす。ミステリを、「読んで楽しい」などと書くと、いぶかる向きもあるかもしれないが、本当なのである。元々、アガサのウイットとユーモアの効いた、センスの良い文章力には、ミステリ作家として抜群のものがあるのだが、深刻な殺人事件が題材になると、ウイットとユーモアもほどほどに、ということになる。しかし、冒険ミステリなら、そんな手加減はいらないわけである。特に、トミーとタペンスとの間で交わされるウイットとユーモアの効いた、テンポのよい絶妙な掛け合いは、それだけで一つの小説に書き上げてほしいくらいである。
さて、物語だが、時は第二次世界大戦開戦直後。英国情報部の依頼を受けたトミーは、コードネームをNとMという二人の謎のドイツのスパイを探るため、二人が住んでいると思われる海辺保養地の下宿「無憂荘」に、住人として潜り込むことになった。しかし、下宿の女主人に住人を紹介されたトミーは、いきなり、あり得ない出来事に出くわし、息を呑むことになる。誘拐あり、殺人あり、恋愛あり、もちろん、トミーとタペンスの大ピンチありの、冒険活劇の始まりである。
ちなみに、全ての謎が解き明かされた後に、アガサが用意したエピソードが、何とも粋で、心暖まるものであり、素晴らしい。エンターテイメントのエンディングは、こうでなくっちゃネ!