前半と後半では初出の年に10年ほどの開きがある。後半の文章には著者特有の、些事からの心理を削りだしが明確。
天性の才と幼児から息のように吸っていた教養から生まれたと思っていた幸田文の見事な文体も、10年という修行を経て完成の域に達するものかと思うと感慨深い。
本著の名前は娘・青木玉氏の「幸田文の箪笥の引出し」にも見える。単行本で初出版されたときには、緑の苔を踏んでこちらに向う幸田文さんが歩いてくる写真が表紙だったそうだ。
その表紙が文庫では再現されていないのが残念。