元暴走族や落第生といったさまざまな若者たちを、小川は「個性を殺さず、癖を生かす」の姿勢で育てあげる。それは「木は生育の方位のままに使え」「堂塔の木組みは寸法で組まず木の癖で組め」などの法隆寺大工に脈々と受け継がれてきた「口伝(くでん)」の実践だ。古き「徒弟制度」のなかで、一人前の宮大工へと成長する彼らの姿は、周りから「のっそり」とあだ名されながらも、立派な五重塔を1人で作りあげる幸田露伴の名作『五重塔』の主人公、十兵衛を彷彿とさせるほど力強い。
その露伴の娘で、西岡らが手がけた法輪寺三重塔再建の資金繰りに奔走した作家の幸田文は、西岡、小川、そして新参の若い大工たちの仕事ぶりを「はじめから終わり迄、全員気をそろえて労働した、そのなんともいえない活気。みごとで貴くて、この上なくよき作業だった。あんまりいいものに出逢うと、私ははらはらして胸がせつなくなる」とエッセイ「いかるが三井」につづっている。残念ながら、幸田が涙ぐむほどに感動した光景を私たちが目にする機会はもうない。「天」「地」「人」からなるこのシリーズは、西岡を頂点とする宮大工たちの絆とその仕事ぶりを未来へと伝える貴重な資料となった。(中島正敏)