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脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説

価格: ¥1,995
カテゴリ: 単行本
ブランド: 筑摩書房
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脳が「心」を作る? ★★☆☆☆
顕在意識と脳のタイミングのズレの話とか、「小人」の話は面白かったです。
でもタイトルの「なぜ脳は「心」を作ったのか」については、全然わかりませんでした。

もし「心」を作ったのが脳だとするなら、脳を作ったのは誰?っていう疑問が湧くと思うんですよ。
それが「大自然」というのは、うーん、じゃ、大自然を作ったのは誰?

「心を持ったロボットは作れる」と著者は言います。
著者の言うロボットは、作ることが出来るのかもしれません。
そしてそれは素晴らしい事だと思います。

でも、そこに宿っている「心」って、結局のところ、製作者の反映というか、分身というかそういうもなんじゃないでしょうか?
そのテーマでは、何千年も前から様々な神話や物語が作られています。

例えば、SFのアンドロイド物では、必ずと言っていいほどアンドロイドは暴走する。
これについては著者も、恐怖や脅しという形で言及されています。
しかし、親切や善意については、私たちは本当に分かってるんでしょうか?
善意のプログラムによって、その結果がどうなるか、実際に体験してみないと、わからないんじゃないでしょうか。
そして、善意によるプログラムから、予想だにしえなかった結果が生じた時、誰がその責任を取るのでしょうか。

脳が「心」を作ったのなら、心を正そうと思う時、脳を正せばいい。
ロボットの心なら、それでもいいかもしれません。
でも、人間の場合、誰が心の正しさを判断するのでしょう?どうやって決めるのでしょう?
お金?軍事力?科学技術?
それとも、心?

その部分をすっとばかして話められると、どうしてもスカスカした印象は拭えなくなってしまうように思うんですよ。
脳が作る心、その脳を作る大自然(あるいは宇宙)、そして大自然(宇宙)を見つめるわたしたちの心。


著者は、心についての自分の解釈について、自明の理として話を進めるので、読んでいてとてもモヤモヤしました。
「肉体と運動機能と記憶」みたいに、もっと具体的にテーマを絞ってくれたら理解できたのかもしれない。
でも、「心」って言われちゃうと意味が広すぎて、正直言って私には理解できませんでした。

実験についての話は面白かったので、星2つ付けさせて頂きます。
工学的な意識観 ★★★★★
いろいろ難点がある本ではある。たとえば、第四章の(5)・(7)はあまりに幼稚すぎるし、全体的に誤解されやすい書き方をしている。しかしそれでも本書は知的興奮に溢れ、充分読むに値する。難点があるからこそ本質に迫ることが可能になった珍しいパターンである。

本書のポイントは「エピソード記憶」である。第三章の(2)に詳しく説明されているが、要約すると、

「動物やロボットが高度な行動を実現するにはエピソード記憶が必要になる。エピソード記憶が出来なければ認知症のような状態であり不都合なことになる」
「エピソード記憶をニューロネットワークの並列分散状態のままで扱うと、膨大な情報量でパンクしてしまう」
「膨大な情報量を個人的な体験にまとめて変換すると扱いやすくなる」
「その個人的な体験こそが『意識』である」
「意識が存在すれば、それは『心』があることになる」

よって、高度な行動が実現できれば、それは心があることになる。内面を考察することなしに、行動という外面だけで心があることが証明できてしまうのだ。おお、なんと強引な発想だ! だから、このような考え方だと、脳からどのように心が立ち上がってくるかとか、クオリアとは何なのかなどという哲学的な疑問をすべて、うっちゃってしまうことができる。ちょうど、重力の原因を無視したニュートンの考え方に近いものがある。要するに、「心」の問題を「形而下学」に押し込めるということだ。だが、このような工学的な発想は、「形而上学」にこだわりたい哲学者などからは猛反発を受けるだろう。しかし、問題を不必要に難しく考えているように見える哲学的発想よりも、切り分けをすっぱり行ってしまう工学的発想のほうがやはり分があるように私には思える。

もちろん、著者の説が正しいのかどうかわからないし、そもそも「心」の問題にかかわることが著者の目的にかなっているのかもやや疑問に感じる。しかし、仏教的ともいえる発想を工学的視点で捉えるのはちょっといままでになかったアプローチだし、素朴で雑な記述がかえってわかりやすさにつながっているのもメリットだ。正直、プロローグでいきなり、『私は心の原理を理解した。心を作ることすら簡単である』と豪語しているのを見て、なんと大胆な、と同時に大丈夫かいな? とも思った。結果的にはこれは嘘だったが、このようなホラを吹くのも結果的には有用だったのではないか。やはり、世紀の難問を相手にするには、これくらい雑な論考でないと対抗できないのだと思う。
タイトルが新しい ★★☆☆☆
ロボットの研究者である著者が、脳科学の研究成果を使いながら、「意識」に関する一つの考え方を分かりやすく説明している点は、評価できる。しかし、「意識」に関しては一つの考え方が定説としてあるわけではなく、「意識」に関してはさまざまな考え方が存在している。
この本で論じられている考え方も、すでにある考え方の一つに分類され、特に新しい考え方ではない。この本で展開されているのは、新しい理論というよりも、一つの理論を著者が自分のために自分なりにまとめた、という感じである。
著者は、意欲的で優秀な研究者であるように思われる。従来の心理学的な枠組みの上で「意識」を論じるのではなく、真の発想の転換を期待する。
意識はエピソディックメモリーのためのもの ★★★★★
意識の“クオリア”には二つの解釈があると思います。チャルマーズや茂木健一郎はクオリアこそが100年も解けない難しい問題だと言う一方,コネクショニストは,ニューラルネットワークで作れるはず,といいます。この本は,“クオリアは脳が作った錯覚だ”と言い切っていて,コネクショニスト側の立場のようです。そういう意味では,チャルマーズのファンや不滅の霊魂を信じる人にはこの本は受け入れ難いだろうと思いました。しかし,クオリアは謎だ謎だというばかりで解決しようとしない哲学者や脳科学者の考えが流行している心の哲学の現状に閉塞感を感じていた私にとって,どちらかといえば劣勢に思える反対の立場をはっきり表明した本書は爽快でした。分かり易く,私のような理系の者にとって非常に受け入れ易い本だと思いました。特に,意識はエピソディックメモリーのためのものである,という所や,独我論を向こうに張った自己意識(<私>)の解釈などは,とてもユニークで面白いです。ただし,心理学や哲学についてはやや勉強不足ではないかという面もあるので,その点は差し引いて読んだ方がいいかも知れません。意識の受動性というこの本の主題は,下條信輔先生などの先端的心理学者がまさに取り組んでいるホットな話題ですし,現象としての意識を機能主義的な意識と用語としてはごっちゃにして述べている点は専門家にはやや気になるところでしょう。そうは言っても,ロボットを作っている工学の人がこういう本を書いたという所に,私は感動しました。意識はもはや哲学者の課題ではない!これから,理学・工学・心理学・哲学といったいろいろなアプローチが色々と切磋琢磨することによって,心は解明されていくのではないか!そういうとても元気な気分にさせてくれた本でした。分かり易く深みもあり,専門家にも初学者にもお勧めだと思います。
極めて易しい。 ★★☆☆☆
極めて易しく意識・無意識というものを語っている。
難解な哲学書を読むよりは、一般向けにいいのではないか。

しかし他のレビューにもあるように、論理に無理がありすぎる。
主張したいことを、しっかりと根拠から導き出せておらず、
某総理のように「コペルニクス的転回だ」「心の地動説だ」
などと繰り返し、読んでいてしつこく感じてしまう。

無意識が意識の背後にあるのをいまさら新しい発見だとも思えない。
少しばかり哲学をつまみ食いして、理解した気になっているだけである。

著者はすばらしいキャリアをお持ちのようなのだが、ぜひとも議論の仕方を学んで、ロボットと心のあり方について再度筆を執っていただきたい。