でもこの人の詩世界って、実は凄まじいデカダンスを内包していて、
本来は教科書で取り上げるような性質のものではないのかも。
このエッセイは精神の荒野を旅してきたことで、全く別次元
の視野を獲得したであろう金子光晴だからこその視点で語られた
裏日本史ともいえる。
彼の目で語られる明治・大正の日本は、
ノスタルジーに溢れるロマンの時代では決してない。
眼を血走らせながら
あらゆる西洋の方法論を採りいれる一方、
じめじめした古来の蛮習が当然の如く行われていた、という混沌。
それは例えば、結婚前夜の新妻の鼻先に日本刀を突きつけ
貞節を誓わせる、といった事が本気で行われていたという回想から
窺える。
そしてそんな日本に嫌気がさしたクリスチャンやインテリ達は
続々と西洋に旅立つのだが、彼らを待ち受けていたのは、露骨な
人種差別である。ある者は傷心帰国し、ある者は精神を病み、ある者は
女に溺れ、ある者は東南アジアへ。そして
挫折の負い目はいつしかアジア統一、という幻想へ繋がってゆく。
そういった明治維新直後の混乱から関東大震災、そして
二度目の世界大戦の終わり迄日本の精神的ダークサイドを、
ドライな語り口で回想してゆく好著。
僕自身は正直なところカルチャーショックを受けた。
過去を美化し過ぎるのは、やはり危険なことなのかもしれない。