「人間喜劇」の魅力をたっぷりと……
★★★★☆
「バルザックはいま読んでこそおもしろい!」――仏文学者の鹿島茂、山田登世子の両氏が対談と往復書簡を通し、仏社会のあらゆる階層の人物を描いた叢書「人間喜劇」の魅力を存分に語り合っている。長年の研究を踏まえたわかりやすい解説と、バルザック信者としての思い入れをブレンドした肩の凝らない好ガイドブックだ。
特徴的なのは、「幻滅」「従妹ベット」「従兄ポンス」といった従来あまり読まれてこなかった傑作に大きくアプローチしていること。作品解説をはじめ、主役・脇役にまつわる話題や歴史、文化、風俗の裏話などを多々織り込み、また、シリーズ全体を様々な角度から分析したボリューム感あふれる内容だ。
◆「人間喜劇」の男たちは女によって成り上がる◆パリガイドとしてのおもしろさ◆人物造形の見事さ◆人間の心に潜む地獄◆バルザックは恋より金◆不倫について――等、トピックは数十項目。
両氏はストレートかつユーモラスに意見交換。説得力のある見解からユニークな自説、バルザックへの偏愛までをたっぷりと語り、現代性と永遠性が織り成す「人間喜劇」の底知れぬ魅力、懐の深さを解き明かしている。中でも、日本はバブルを経験して本当の欲望社会になり、彼が描いたブルジョワジーの欲望、パッションというものを理解できるまでに成熟したとする鹿島氏の指摘は胸に残る。
二人が翻訳に関わった「人間喜劇セレクション」のプレ企画として1999年刊。山田氏はあとがきで「バルザックの世界のおもしろさを一人でも多くに伝染させて、バルザック・フリークの数をふやしたい。それが、わたしたち二人の密かな『陰謀』なのだ」と語るが、これまでの首尾はいかに……。
バルザックはおもしろい!
★★★★★
初めて読んだバルザックは「従妹ベット」。次は「ゴリオ爺さん」「谷間の百合」「従兄ポンス」「絶対の探求」…と文庫になっているものははしから読みましたが、単行本でも、それ以外のものは絶版になっていたり、そもそも日本語訳がなかったりで、読むのをあきらめていました。
バルザックの「人間喜劇」シリーズは、同じメンバーで主人公が変わるというスタイルです。(今では、短編のオムニバス小説でよくあるのではないでしょうか)登場人物は、これがクセが強い、魅力的な人たちが目白押し。冷徹に患者を「物体」として診る名医ビアンションなどは、今のテレビドラマに出てきてもおかしくないキャラクターです。彼は「ゴリオ爺さん」にはまだうら若い医学生として登場していて、「人間喜劇」を通して読めば、ちらちらとときどき彼に再会できます。そういう細かいところがまたこのシリーズの楽しみでもあります。
藤原書店の「人間喜劇」セレクションには、「全作品あらすじ」があって、それだけでも全部読んだ気分にもなれますが、やっぱり少しずつそろえて読んでいきたいです。全巻そろえるとなるとちょっと高価ですが…