「幸運な宇宙」は無限数の多宇宙での平凡か、神の創造か、それとも・・・
★★★★★
本書は、我々のいる「この宇宙」が生命に適した「幸運な宇宙」である理由を探求
するものです。
前半は、この宇宙がどれほど「幸運」であるのかの説明です。
CBM(宇宙マイクロ波背景輻射)の発見によりビッグバン理論は確立し、続いて
インフレーション理論はCBMの驚くほどの均一性を説明しました。
銀河を生み出すために原初宇宙の密度は約10万分の1の絶妙なばらつきが必要で
ビッグバンの膨張速度がわずかでも違っていたら生命を生み出せませんでした。
原子内部の力や重力(万有引力)の強さなど宇宙の数十の固定値が少しでもずれて
いたら、生命を生み出さない「不幸な宇宙」となっていました。
では、これらの固定値は必然か、ビックバン後にランダムに生じたものか。
原子が誕生する前の原初宇宙での対称性の破れが法則に支配されないとの立場では
固定値の偶然性が強くなります。対称性の破れは非法則性に親和しやすいようです。
この考えによると、宇宙は驚くほど生命を生み出しやすく微調整されていることに
なります。著者は結論を留保しますが、ビッグバンが千兆回起きても、幸運な宇宙
が生じる可能性が千兆分の1以下であるとの多宇宙の可能性を示唆します。
これが「微調整」の問題で、宗教論ともからむので、正統な学者がこれを正面から
論じるものは少数で、本書のような著作は貴重です。
後半部分は、この微調整の問題をどのように考えるべきかについて論じています。
全ての固定値を説明する統一理論が発見されれば、宇宙は必然的に現在の宇宙となり
多宇宙の問題を回避できるとされます。統一理論の探求は科学者としての正しい道で
あるとは言えます。
しかし、現時点では統一には程遠く、仮に統一理論を発見したとしても、固定値が
「必然」であることまで証明することはできないと思われます。
そこで「この宇宙」が無限数の多宇宙のなかでのみ平凡な存在と説明できるとすると、
人間原理は不可欠の検討課題となります。
強い人間原理(宇宙はその発展のどこかの段階で観察者を作り出すことを許すよう
なものでなければならない。p386の定義は不正確)と弱い人間原理(宇宙における
私たちの地位は必然的に、観測者としての私たちと両立する程度には特別である)
の問題があります(人間原理については三浦俊彦氏の著書を推薦)。
宇宙がほぼ無限にあり、10の40〜120乗回(またはそれ以上)ものビッグバン
のなかでようやく「幸運な宇宙」が平凡に誕生するとすれば、神による創造を排除
した説明ができます。
しかし、そのような途方もない多数の宇宙を想定するのは、無神論者の死に物狂いの
抵抗(p454)であり、むしろ神を想定するインテリジェント・デザインの方が
現実的かもしれません。
「無」の揺らぎがビッグバンであるとすれば、無限回のビッグバンを繰り返す世界が
「無」と言えるのでしょうか・・・多宇宙論の最もスリリングな部分です。
筆者はここで目的論的な方向に進みます。
この方向性は伝統的な科学的思考からは決定的に相容れない部分があり、著者もこれ
を自認しつつもこの立場に至り、その理由を述べています。
量子論における因果律の逆転についての筆者の考えの当否は私には分かりませんが、
スリリングな展開です。
おもしろいですが
★★★☆☆
アラン・グースやブライアン・グリーンなどと比べると、話の掘り下げ方が浅い感じがします。
特に気になったのは、偽宇宙仮説のくだり。「偽の宇宙の数」と「本物の宇宙の数」の比率は、宇宙全体の数と無関係でしょうから、「我々の宇宙が偽宇宙である確率」はマルチバースの議論とは全く無関係のはずです。
統一理論でも人間原理=多宇宙論でもなく
★★★★★
生命はなぜこの宇宙に宿ったのだろうか。
これは昔からの科学、哲学、神学あげての大問題だ。
科学的にみると、もしほんの少しでも物理定数や法則が違っていただけで、生命は宇宙に生まれることがなかったのだという。
だとすると、そんな奇跡みたいな物理定数・法則になぜなったのだろうか。
科学では、大まかに分けて2つの立場がある。
一つは超ひもに代表される統一理論の立場で、これによると、宇宙のすべてはただ一つの理論からすべて導かれ、その振る舞いも数値も決定される。言い換えれば、これ以外に宇宙はあり得なかった(統一理論に反してしまうので)。
もう一つは宇宙は無数にあり、そのうちの一つが我々のいる宇宙だというものだ。生命がいなければ観察のされようもないので、観察された宇宙が生命に適しているというのは自明な事実になる。
だがそれぞれの論には難点がある。一つのキーは、「観察されたもの/存在するが観察されてないもの/存在可能だったが存在しないもの」という3区分だ。
統一理論は、1他の統一理論ではなくなぜその統一理論であるか説明できない、2現実の統一理論が生命が生まれるようなのであった理由が偶然としか言えない、という難点がある
多宇宙理論は、1存在する宇宙と存在しない宇宙を区別する論拠がない、2多宇宙を認めると、ほとんどの宇宙は現実ではないシュミレーション宇宙になってしまう、という難点がある。
そして結局これらの議論では、どこかで「事実として受け入れるしかない何か」が出てきてしまう。
そこで筆者は、このどちらでもない第三の道を考える。
細かくは本書を読んでいただきたいが、大まかに話すと、量子論では時間における因果律の逆転が発生する。つまり、未来の出来事が過去の原因になれるのだ。これを拡張して、まさに生命が生まれて宇宙が観察され理解されたということが、生命を生み出すような宇宙にした原因にもなっているという風にも考えられる。
奇抜だが非常に斬新な論で、読んでいて面白い。
哲学チックな面も強く、文系でも読めると思う。
こんな説明を待っていた!
★★★★★
さすがはボール・デイヴィス!
いやー、今まで読んだ宇宙論の本の中で、ダントツわかりやすいですね。
ビッグバン宇宙論を聞いた時、素人が思う疑問に次から次へと答えてくれていて嬉しかった。
◆例えば、よく(?)百数十億光年離れた銀河が見つかった、というニュースを聞きますが、
それは過去の距離なのか、今の距離なのか。
やはり過去の距離でよかったです。
ちなみに、現在、ハッブル宇宙望遠鏡を使って、私たちが見ることができる一番遠い銀河は
「現在」地球から約四六〇億光年離れてるのだそうですね。
この距離もちょっと変で、マックス百三十七億光年の2倍では?という疑問にも、
遠方にある銀河は、実質、私たちから光より速い速度で遠ざかっている場合もあるそうです。
◆もう一つ、宇宙の形について。
宇宙の形は、「球面」を三次元に拡張した「超球」と呼ばれる形状に似たものらしいようで。
これは、これまでの知識による予想と一致してるのですが、ハッキリ言ってもらえてわかりやすかったです。
しかし、これってどういうことなのか、イメージがわきませんでした。
そんな私に
「思い描くことができなくても気に病むことはない」
と素晴らしいアドバイスをしてくれています。
さらにだめ押しで、
「超球のイメージを把握しようとするときにひっかかることのひとつが
「超球の中には何があるのか」という問題だ」
そうなんですよ。
でも、今までこれを問題化してくれる人すらいませんでした。
それについて、これが、いかに無意味な、考える必要のない問題であるか、懇切丁寧に解説してくれていて、またまた感激でした。
◆その他にも、粒子に質量を与えると言われる「ヒッグス場」とか、
「対象性の破れ」(または「自発的対象性の破れ」)って何のことか、ピンとこなかったのですが、本書を読んで意味がわかりました。
嬉しいですね〜^^
宇宙論について、素人向けの1冊として決定版でしょう!
すっきりとまったりと二つの面から宇宙を解説
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この本は、いまの宇宙の像に対して宇宙物理の面から諸説をすっきりと説明し、後半ではなぜこのような宇宙になっているか、神学あるいは哲学的にまったりと解説しています。「日経サイエンス」2008年2月号の特集になっている地球外生命の可能性についての本著者の議論は、本書に基づいているので、その理解を助けることにもなるでしょう。それでは、著者は諸説のどれが正しいと思うか、それを書いてしまうとネタバレになるので避けますが、本書の最後の章でいくつか正しそうだと考える説を選んでいます。自説を中心にした学者の本もよいのですが、考えを整理した本で、軽妙な話を読むのもよいのではないでしょうか。