オカルト+サイバーパンク
★★★★★
まさか、この本が翻訳されるなんて思わなかった。原書『The Atrocity Archives』は、ペーパーバック版を買ってあったんだけど、そっちを読む前に翻訳が出てしまった。
チャールズ・ストロスは最近、お気に入りの作家。最近、ニール・スティーブンスンが全然、翻訳されないので、もしかして、ナンバーワンかもしれない。
この本も、オカルト風のハッカーの話でとっても面白い。テンポもいいし、荒唐無稽だけど、知的なところもいい。こういうの大好きなんだよなぁ。
自分の中では2007年ベスト翻訳SF。次作も早く翻訳されないかな。
海外SFノヴェルズから出さなくても……
★★★☆☆
クラークの第三法則のせいか、魔法・魔術を科学的に説明できる世界を描きたがるSF作家はあとをたたない。この作品も、多宇宙解釈と高等数学で魔術が理解され、ある程度コントロール可能になっている世界が舞台。主人公は元IT技術者(というかシステム管理者)で、官僚主義に塗り固められた(ハードボイルドではない)スパイ小説の体裁という、ようするに「ありがちな設定×ありがちな設定」な小説だ。
いや、面白かったよ、小説としては。まったく予備知識なしで買ったもんだから、長編一本だと思って読んでいたら、残りページがずいぶんある状態で結末になってしまい(もうひと盛り上がりあると思っていたのに!)、後ろに中編が一本付いていることをあとで知ったとか、そういう些細なガックリを除けば、まぁまぁ。中編の「コンクリート・ジャングル」の方がまとまりがあって面白かったかな。
でもさぁ、これを「海外SFノベルズ」ブランドで出す意味は? FTかNV文庫でいいじゃん。作者は魔術の背景にある理論について真面目に説明する気は毛頭ないらしいから、SF的な面白さはほとんどない。ホラーかと言われれば、ラヴクラフト用語が多用されてはいるものの、怖い場面やグロい場面もあんまりないし。海外SFノベルズを買うときは、がっつり濃ゆいSF成分を求めてるのに、これはないよなぁ。
あと序文! 小説の序文ほど興を削ぐものはないのに、なんでこんなもんをつけるんだろう。理解しがたい。
波動関数を収縮させるための観測者が必要なんだ--それが生贄なのさ
★★★☆☆
『残虐行為記録保管所』は商品説明にある通りのスリラー・ホラーですがこれが怖いかといえばそう恐ろしくもなく、ではパロディ・コメディかといえばたしかに笑えるんですけど笑いは引きつってしまうんです。でも退屈かといわれれば面白いんです。序盤から数学/コンピューター用語と魔術の絡みあいがあふれだしますし(チューリング-ラヴクラフト定理!などなど)文体はかなり回りくどくストーリー展開も洗練されてるとはいえませんが魔術/数学のアイディアの原石がちりばめられていて引きつける魅力はあります。そしてナチの残虐な歴史を絡めた多元的宇宙の魔界を扱っていても、主人公のボブ・ハワードは現実的な日常のゴタゴタから決して逃れられないんです。英国の対魔術秘密組織<ランドリー>がその現実の舞台なのですが、ボブはそれこそ官僚主義的内部政治の呪術で縛りつけられるのです。そんな現実に右往左往しながらもなんとか立ち回るさまがタイトルとは裏腹にコミカルな印象を生みだしています。個人的には好みなんですけど。
一方、中編『コンクリート・ジャングル』のほうはコンパクトにまとまっていますが「あれれっ?」て感じの終局です。メドゥーサの視線による石化(観測者による波動関数の収縮)を扱っていて期待が膨らみますが、結局は現実的な官僚主義的内部抗争が主軸なのです。現実界のゴタゴタに対する適切な対処があってこそのSFということなんでしょうか。そういう意味では二編とも健全ではあります。(ただその後の『Accelerando』や『Glasshouse』における作品の洗練さの向上をみると本作が真っ先に単行本出版されたのはちょっと不思議です)