マズローの心理学「欲求の五段階説」に出合ったのは、20代の新入社員の頃、社員教育会社の講師から聴いたのが初めてだった。

生理的な欲求から、自己実現への心理的な分析には、かなり興味深いものがある。

ｐ96　成長しつつある個人は、常に自分自身に挑戦している。このことは勇気を必要とする。人が新しい、より良い状況に歩み入ったとき、彼は不安定感しかもたないのであるし、また、けっしてこの恐れに打ち勝つ方法を学ばない人もいる。成長と発達の喜びは、努力を、自己訓練を、そしてある程度の苦痛を必要とするのである。

ｐ98　マズローによれば、成長はある適度の苦痛と悲しみを必要としており、私たちは、子供あるいは大人を、そうした苦痛にみちた、しかし必要な経験から常に保護したりはしないことを学ばなければならない。

ｐ267　人間についての研究、すなわち伝記は特に有益である。

マズローの心理学を学ぶことで、成長における自己葛藤が理解できるように思われる。

自己実現という言葉はこの数十年数多く語られているが、その原点はこの本にあると思う。
しかし単にそれに留まらず、非常に奥深い内容を持つ本である。

この本はまずは従来の心理学の批判から始まる。「フロイトがノイローゼ患者や精神病患者ばかりに研究を集中していたことに（中略）マズローは批判的であった。」マズローは言う。「もし人が、狂人・ノイローゼ患者・精神病患者・犯罪者・怠け者・精神薄弱者の研究に携わることに魅了されたら、人類に対して彼が抱く希望はいやおうなしに、ますます質素に、ますます”現実的に”、ますます卑小になり、人々から期待することはますます薄れて行くだろう。また、行動主義者は自分のデータを高めるために動物にかたよりすぎているだけでなく、特に兎とネズミを使う傾向がある。

自己実現する人間は、卓越した認識能力の故に決断力に富み、善悪を見分けるより明確な観念をもっている。そのうえ更に彼らは一種の謙遜をもっている。彼らは他人の意見に慎重に耳を傾け、自分はすべてを知っているのではなく、他人から何かを教えてもらえるのだということを認めている。自己実現する人間については、ここから始まって深く書いてあるので、ぜひとも原著を一度読んでみてほしい。

最後に、この本で先覚者の一人として紹介されている「D.T.スズキ」とは鈴木大拙師のことだと思うが、訳者はそれに気がつかなかったのだろうか？ということを指摘しておきたい。