幕末から明治へ普通の人は何をしていたのか
★★★★☆
幕末からの歴史を見ていくと、自分の信念、政治目的のために、「開国」と「攘夷」、「勤皇」と「佐幕」をその時々の都合で組み合わせ、目標が達成されてしまったがためにその組み換えを迫られるといった、錯綜した動きがある。またその一方で、日々の暮らしの中にあって都合のよい動きに便乗してお祭り騒ぎに盛り上がる普通の人としての庶民がいる。
維新がなって、新しい国作りにあたって、また「開化」と「復古」がねじれながら、大きな歴史の流れに流されていく、そこにも、日々の暮らしの中で都合よくお祭り騒ぎを盛り上げながら生きていくしたたかな庶民がいる。
“文明国をめざして”いくさまざまな生きかたが描かれた本書は、英雄伝・立志伝だけでは捉えきれない歴史を描いている。
文明開化とは、日本人自体の「自己植民地化」だった
★★★★★
明治維新を民衆の視点から眺める本書に教わった第一の点は、アイヌや琉球人に対して行われた同化政策(姓名の確定、断髪、小学校、標準語などの強制)は、本土の民衆がこうむったものと基本的に同じだったということ。つまり、文明開化とは、何よりもまず日本人自体の「自己植民地化」であり、痛みをともなう改革だったのだ。
しかしながら日本(本土)の民衆は、それまでのような客分ではなく国家の正式な構成員と認められたことに感激して、人々の間に「国恩」に報いたいという思いが自然発生的に生じていった。そしてそれゆえに、日本(本土)の民衆がみずからを文明の側に置き、なかなか「日本人」への同化が進まないアイヌ・沖縄人・朝鮮人等を見下していくようになるという感情の機微が理解できた。
第二の点は、市民革命後の西欧と同様に、日本でも明治初期の地租改正により、農民・商人らの土地私有権が認められて以降、地主制が本格的に拡大したということ。そうすると市民革命の歴史的役割とは、自由な私的所有を認めることで、経済的強者の自由、つまり地主制と資本主義の自由な発展を保障したことになる。
ただし著者は、当時の一般民衆が要求したのは、西欧でも日本でも、自由な私有権の行使ではなく「モラル・エコノミー(日本語でいえば仁政・徳政)」だったと釘をさす。つまり西欧で地主制が市民革命後に発展したのは、それが封建遺制だからではなく、王権や地域共同体のモラル・エコノミーで抑制されていた「強者の自由」が解放されたからなのだ。そう考えると、日本でも明治維新によって経済的強者が自己利益を自由に追求する時代に入っていくことがよく理解できた。
文明国にはなったのかもしれないが・・・
★★★★☆
ペリー来航を契機に、独自の江戸システムを形成していた日本も、欧米を中心にした世界システムに組み込まれて、「文明国」を目指す。天皇をいただき、憲法と国会をもち、国民国家化を推し進め、工場や軍隊を持ち、誰も学校に行く社会である。文明化、産業化、近代化に成功した日本はアジアにもヨーロッパにもなりきれず、苦難の道を模索することになる。
知識や物質、経済的な側面では日本は成功をおさめるのだが、はたしてそれは何もかもよいもので、歴史的な必然だったのだろうか。江戸までの日本が持っていた伝統や美徳を失ってまであくせく毎日働いたり、多くの戦争を戦わなければならなかったのだろうか。ヨーロッパ主導の文明化の是非を考えさせられる事例が多く挙げられている一冊である。