さて本筋とは違うのかもしれないがこの小説でもっとも感銘深かったのは中絶の手術を受けた主人公が寿司一折とケーキ3つとお茶100グラムを買って帰るところだ。なんとなくこの3品以外にふさわしいものはないほど似つかわしいし、これほど細かく指定されているというのは作者も供養などの意味をもたせているはずだ。これを買った帰り道の乾いた感じが伝わってくる。お腹が空いているので寿司はおいしかった、とされている。傷ついたことと疲れが伝わってくる。立原正秋についてはよく知らないのだが食通として知られた人のようだ。なるほどというところ。ほかに食べ物に薀蓄を傾けたシーンも多かったが、ここが一番よくできていると思う。しかし何よりその前に、大人同士なのだから避妊したらいいのにと思うのだが。昭和40年代末だったら現代と避妊知識方法にも差があるのだろうか?
ところで主人公の相手は友だちの元カレという設定である。しかもその友だちを介して知り合っている。そして怒った友だちは悪者になっている。現代では主人公はこの点で特に女性からおそらく共感を得にくいと思う。昔は女同士の関係というものがこの程度に認識されていたという歴史資料としての意味すらあるが、これほど女性の心の動きをよく知っている人なのに、もう少し別な設定はなかったのだろうか。
あの人が勧めるだけに、それは良い本だった。読後すぐに彼の本を探し
て手にしたのが、この『残りの雪』だった。これもまた素晴らしい。
文末の解説で、この本は昭和48年に日経新聞に連載され、好評を博した
ことを知った。不覚にも、このことは知らなかった。
無理もない、その頃は社会人になってまだ5年、28の青二才だった。
今や立原氏の世界をさ迷い、理解できる歳になったことを感謝したい。
いま同じ日経紙で、W氏の『愛の流刑地』が評判というが、この立原本
の前ではまったく勝負にならない。あのW氏とは品格が違う。
本書が持つ、①「奥行きの広がり」、②「構成の妙」(解説文も絶妙。
2組のペアに描き出される対極軸の妙味などは、読後この解説文を読め
ば分かろう)、そして③「賢い女はかくあるものか」といった驚きと同
調など…、実に学ぶものは多い。(なべて、賢い女は美しい)
「四季の移ろいを丹念に描く中にあって、決して移ろわない里子と紙屋
の信頼と情」に、場面においては、涙さえ落としてしまう。
読む過程で「長い人生のどこかで、こんな素敵な出会いにめぐり合いた
い」とまだまだ願いつつ、男女の仲は、「素敵であればある」ほど、そ
れはまた「厳しさを伴う」のだと、素直にうなずいてしまう。
そんな“本当の大人にしかわからない”、実に良い本である。
50代以上で、「自分は大人である」と思える方よ、読んでみてください。
誘惑にかられるのです。まるで上質な日本画を描くようにつづられた
美しい作品ではないでしょうか。落ち着いて読むことの出来る
激しい恋愛物語です。