ほぼ百年前に書かれた、というところに、この作品を今読む意味があると思う。あふれかえる物や情報に埋まって、日本社会は、社会・経済を含めて、天井に突き当たり先行きが見えない。このような時こそ、荷風が外遊を通して身につけた冷めた眼、透した批判力、荷風文学の座標軸を、あらためて評価して良いと思う。そのような荷風の眼を通して、21世紀を迎えた日本の立っている位置が、グローバルな3次元空間に100年という時間軸を加えた四次元空間の中に見え始めると思うから。
ついでに、この作品は、文庫本では、現在、講談社学芸文庫や新潮文庫でも購える。文庫本でも、岩波版の字が最も大きく、年配者にはありがたい。新潮文庫版は、字がやや大きいと共に、ルビが多い。岩波版は初版準拠。手に入りやすいこれら三種を比較して、字の違いにとどまらず、中身の違いをみるのも面白い。これは、どの版を買おうかと迷った時の感想。