芭蕉の本質に迫る上質の小説
★★★★☆
芭蕉をやるなら、この一冊ぐらいは読んでおかなければならない、という先輩の言に従い、かつて読んだことはあるが、今回また読み直し、著者畢生入魂の一書という感を強くした。
実によく作品と資料と研究を読み、芭蕉の実像に迫ろうとして苦心している思いの深さが見えてくる。いわゆる創作をしようとして面白おかしく膨らまして書こうとしていない。むしろ、芭蕉の風雅の誠に、人生と自然の連関に肉迫し、収斂しようとする求心性があるとみられる。
芭蕉の秀句のひとつに「明月や池をめぐりて夜もすがら」がある。それについて述べる。
古池を前にひとり明月を眺めながら、この句をよんだ。/その折の彼の感慨は知るよしもないが、先の蛙の句で芭蕉は、一瞬の水音に、永劫の時の寂静をつたえ、これにあっては一夜の明月に、悠久輪廻の相をとらえている。まさに素堂のいう、明星の輝きによって真如の悟りをえた出山の釈尊と、趣を一にするところがあるかもしれない。
ただ甘い感傷的、文学的抒情表現をするのではなく、芭蕉という風狂詩人の本質に対して宗教的、人生哲学的迫り方をした小説である。芭蕉作品及び関連文学作品の語学的解釈をするよれははるかに、その本質・奥義に迫ることができる上質の芭蕉入門書であると言いたい。
「今二回で終るところであるけれども、それも是非ない」と食道癌再発で亡くなった中山義秀の遺作。