国家や一神教が発生する以前、はるか旧石器時代の昔から、人は世界や生命について深い思索をめぐらせてきた。その結果生まれた神話こそ、「はじまりの哲学」と呼ぶべき知恵のかたまりであり、これを研究することが人類の原点を知る糸口になるのだ。
本書の大半を費やして分析されるのはシンデレラ伝説である。この物語に似た伝承は世界中に分布しており、実に多くの神話的要素が含まれているという。著者は最も有名なシャルル・ペロー版をグリム版と比較することからはじめ、ポルトガルやロシア、9世紀の中国にまで広がる類似説話を検証、シンデレラが生者と死者を仲介する存在だといった隠れたメッセージを次々にあぶりだしていく。舞踏会のおり片方の靴を落とす、というような一見何気ない点にさえ重要な意味づけがあり、ギリシャ悲劇のオイディプス伝説にまでつながっていくのだ。
こうした神話解読は、それ自体きわめてスリリングな知的体験だが、決して現代と切り離された学問ではない。神話は常に現実とのかかわりによって生まれ、語られてきた。バーチャル文化全盛のいま、著者はアニメーションやCGを駆使して表現される物語群に形骸だけの神話的性格を感じ取り、警鐘を鳴らす。リアルな現実を生きるためにこそ、神話は解き明かされるべきなのだ、と。(大滝浩太郎)