本当の勝者は?
★★★★★
久しぶりに面白い作家に出会った。「血と骨」を読んで、あまりの生々しさに気分が悪くなった私であるが、この本はアレほど凄惨ではない。「血と骨」を読んだ後、蒲鉾を食べる気がしないのだ...。それはさておき「断層海流」を予習しての「異邦人の夜」である。マリアが鬼の形相をした経営者に変貌するところ、ここは間違いなく「断層海流」の冒頭と対比しなければならないところだ。社会の底辺で悪のスパイラルを拡散させるのは、登場する不思議な山手線の動きと同じなのである。木村の母の消息の探求と、前へ進もうとする時に覗く自身の忌まわしい過去。最終的に「日本人」から受けることになる裏切りと事業の崩壊。果たしてその場をしのいだ日本人の政治家、税理士、企業人が勝者で、事業に失敗した韓国人経営者の木村は敗者なのだろうか?これは、この小説の本質だろう。彼は最終的に多くの財産を失うことにより、ありのままの自分をさらけ出すことができた。同時に出来が悪い娘、貴子の目を見張る人間的な成長が伴い、最終的に父と娘は対等の高さとなった。おわかりだろう本当の勝者は、木村と娘の貴子なのだ。マリアの成功に若干の無理が感じられたり、「断層海流」の後半でマリアの話が出てこなくなったりと、読了後に少々の疑問もあった。ただ、酒に詳しい舌の肥えたマネージャー(ソムリエとまでは...)の名前が「田崎」、マリアの苗字が「阿部」など作者の遊び心とも受け止められるところに、不思議と最後に近づくにつれグロさ、モヤモヤ感が晴れ、くだらない疑問はさっと退いていった。民族、国籍、人種、血縁、金、暴力、いろいろな思いがあるかとは思う。いい本なので、ここは余計な先入観を排除して多くの人に読んでもらいたいと思う。