○産みもしないで「女に生まれない」と言い、
○産んだ子を育てもしないで「女になるのだ」と言う。
そんな「嘘つき」になるのに、どんな出来事が筆者にあったのだろう?
私は女性学を学んだ。
ジェンダーに気をつけて、男の子と女の子を育てた。
でも、男の子は男らしく、女の子は女の子らしく育っていった。
子供を「白いキャンバス」のように考えるのは完全に間違いだ。
私は女性学を学んでいる人に言いたい。
もし、娘がピンクを好んだら、やましさを感じずにピンクの服を与えてあげて欲しい。
女の子を「女の子らしく」育てないことは、「もしかしたら」虐待になってしまうかもしれないのだ。
自分の主義主張よりも、「その子らしさ」を大切に。。。
「女性学」にはまってしまった青春の過ちを思い出す一冊。
ならばオリジナルな女とは男とたいして気持ちは変わらないのだろうか、と
不明の気持ちを抱きつつ今では男の子・女の子各々の親になっています。親になって自分の娘を見ると確かにボーボワールの言うとおり、自分の分身が女になろうと努力しているのが感じられたりします。
むしろ男性が読むべき本なのかもしれませんね。