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不思議な少年 (岩波文庫)

価格: ¥630
カテゴリ: 文庫
ブランド: 岩波書店
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彼が書いた作品ではない!? ★★★★☆
この作品は偽作でマークトウェインの書いたものでは無い!、と数年前に何かで読みました(本のあとがき?)。どうでしょうか。
偽作が分かったのも最近の事で長い間、評論家諸氏を欺いていた事などから優れた小説ではあることは確かだと思います。
私も非常に面白く読みました。彼が書いた本物は「不思議な少年第44号」です。これも面白くて読み応えがあり超お奨めです。
最近、図書館で見つけましたが「不思議な余所者」もサタンという名前の少年を軸にした同系統の彼の神秘主義的な側面だと思います。
不思議な少年、愚かな人間 ★★★★★
『トム・ソーヤの冒険』で有名なマーク・トウェインが晩年に書いた作品。
本書の末には訳者あとがきと解説が入っていてそれを読むと、トウェインの
未完成の遺稿を編集して作られたそうだ。そのへんは編集の仕方にいろんな
議論があるみたいだ。

でも、そんな話とは別にこれは面白い。人間の愚かしさが非常に強調されて
いる。キリスト教的な発想――人間は動物よりも高い知能をもち、理性(道徳)
をもち、神に祝福された存在だ――を嘲るのである。良心にもとづいている
はずの行動が、狂気をともなった残酷を生む。これをあらわすために、本作
では魔女狩りがモチーフに使われている。権威を崇め、神にすがって当然の
ごとく排除と抑圧を行なう姿を、サタンは動物以下の下劣な存在だと言う。

人間にはこういった側面があることは、まったくもって反論の余地はない。
しかも、現代においても排除と抑圧が社会問題になっていることを考えると、
すがるものが変わっただけで、これは人間の本質なのかもしれない。
主人公であり、語り手のテオドールはその現実をつきつけられながらも、
人間の違った側面――慈悲や愛――を以って迷いながらも反発する。

トウェインは晩年ペシミズムに陥ったという解説がなされ、その代表的な作品
が『不思議な少年』なのだという。人間の描き方は、実に愚鈍で残忍で狡猾に
描かれている。でも、私は本書のなかでそれを越える可能性も述べられている
と感じた。サタンは次のように語る。

  “君たち人間ってのは、どうせ憐れなものじゃあるが、ただ1つだけ、こい
   つは実に強力な武器を持ってるわけだよね。それは笑いなんだ。」”

滑稽で矛盾したこの世の中を笑い飛ばしてやることで、それをなくしてしまう
ことができるという。(真の)笑いには、世の権威や価値を逆転させるもので、
凝り固まった社会の仕組みを再構成する働きがあるというのだ。しかし、そん
な社会を変える武器は錆びついている。なぜなら、人間には笑いという武器を
使う「そんな頭も、勇気もない」からだという。はたして、この武器を使い
こなす日が人間には来るのだろうか?

本作では、他にもいろんな興味深いトピックがごちゃまぜで登場する。機械的
な運命論について語られたりもしていて、さらにそれがサタンとテオドール、
そして村の人々の話として物語的に消化される。未完成ゆえか、ところどころ
まとまりがなかったり、唐突だったりするところがあるものの、とても面白い。
これは、圧倒的な小説である ★★★★★
これは、圧倒的な小説である。「トム・ソーヤーの冒険」であまりにも有名なマーク・トウェインであるが、彼の生涯の興味は人間観察であり、それをサタンの視点から描こうとしたのが本作である。彼の自伝によれば、書きかけで筆の止まってしまった作品を何点か机の引出しにしまってある、その中でも、「不思議な少年」は是非とも完成させたい作品である、と語っている。一時の思いつきで書かれた作品でないのは確かである。自伝の中で語られている身近な人々、両親、兄弟、妻、子供、その他生涯でかかわった多くの人々への視点は全く客観的であり、かつ愛情にみちている。自分自身に対しても客観的視点を保ち続けている。マーク・トウェインの生涯は波乱万丈といっていいものであるが、その中で神の仕業と自覚している数々の経験をしているようである。神の意思と人間の行動に対する彼の哲学がこの作品に凝縮されている。人間を透徹する眼を持った超人の作品であると私は思う。
めくるめく、夢無き夢の世界 ★★★★★
中世ヨーロッパの、(半ば強制されて)神を慕う民が生きるそれなりに平和な農村に、
天使と名乗るが悪魔にしか見えない少年が突然現れ、居合わせた村の少年たちと
不思議な絆を紡いでいく。

彼はあまりにも非情、無慈悲な所業を行うかと思えば、一方であまりにも
魅力的で面白過ぎる数々の出来事を起こし、彼に触れた村人たちの心を
魅了し、支配してしまう。

そして神を慕い慎み深い(という事に体裁上はなっている)村人たちが
思わず頭を抱えてしまうが、同時に反論しがたい恐るべき本音・正論を
語り続けるのだった・・・

というようなお話です。めちゃくちゃ面白いです。
巻末の解説にも書かれていますが、湿っぽくなりやすい内容のお話な割には
少年が面白すぎるので、深刻な内容の割に楽しく読めると思います。
思春期以上の人にはぜひお勧めしたいです。
愚かな、あまりに愚かな人間たち… ★★★★★
人間の愚かしさ、度し難い愚かしさを知りたければ本書を読まれたし。
人間に希望を、ある限りの希望を見出したければ本書を読むべし。

マーク・トウェインは第一次世界大戦の前に本書を書いている。
故カート・ヴォネガットはそのことに驚いていた。
二度の大戦を経てもなお、人間の愚かしさだけは克服されない。

人間存在に希望を見出したければ、まず徹底的に絶望すべきではないか?
人間の愚かしさを直視すべきではないのか?
トウェインはおそらく絶望していたであろう。
だからこそ、人間を救済する最後の手段を「ユーモア」だと断言することができた。
彼は「ユーモア」に絶望的状況を笑い飛ばす希望の光を見出している。