稲妻の閃光に照らし出される冒頭からラストまで、話にぐいと掴まれたような気持ちで読んでいきました。ラストでは、ぐぁんぐぁんと鉄槌で打たれ、打ちのめされたような感動を覚えました。
「俳優とアリバイ」「ヴォードリーの失踪」も印象に残ります。この二篇を続けて読んだ辺りからかな、それまでのほほんと読んでいたぐうたらな気持ちが、俄然引き締まりました。寝転んで読んでいたところが、むっくり起き上がる気持ちになった
というところです。
おしまいの「フランボウの秘密」も、この短編集を締め括る作品として読みごたえがありました。そして、ブラウン神父のことがちょっと恐くなりました。神の眼差し、神の慈悲のようなものを感じて、その辺にぞくぞくさせられたからです。
幸か不幸かこの作品集にはなぜか暗い雰囲気の作品が多い。ブラウン神父のすっとこどっこいぶりを鹿爪らしい文体で書かれても、いまいちそのユーモアを理解しづらいところがあるのですが、こういう文体はこういう暗い話にはぴったり合います。
中でも「大法律家の鏡」と「マーン城の喪主」の二編は象徴的・宗教的雰囲気が強くミステリとしても傑作で、最初と最後を引き締めています。ほかには、異様な動機と、単純なだけに見事な逆説とトリックの「ヴォードリーの失踪」、ユーモラスな雰囲気ただよう数少ない作品、H・M卿のモデルとなった人物も登場の「飛び魚の歌」あたりがおすすめです。「顎ひげの二つある男」は、どんな動機にも分類されない動機、という、どこか『奇商クラブ』を思わせる作品。
全十編中、一話目と十話目は、イントロと終演挨拶のような非ミステリ作品なので正味全八編。打率的にもまだまだ衰えは見られません。