線やオノマトペから語る
★★★★☆
1996年にNHK『人間大学』で包装された内容を中心に、早稲田、成城短大で行った講演・講義が収録されている。
漫画を描線やオノマトペ、コマの構成から語った点が面白い。従来の漫画論は内容中心のものがほとんどで、形式や表現方法に踏み込むことは少なかった。そこを取り上げたことに本書の価値がある。
描線やコマ割りからは、戦後から現代に至る進化の道筋がきっきりと読みとることが出来る。見せられて即座にうなづける説得力も素晴らしい。
もちろん、もう10年以上前の本であるし、物足りない部分や違和感を覚える箇所も少なくない。それでも、漫画研究の里程標として重要な図書であることは間違いないだろう。
これを読むことで、普段の漫画の読み方も変わってくるはずだ。
マンガ批評するなら、一度は読むこと!
★★★★★
マンガというのは、よくよく考えてみれば不思議な娯楽(この呼び方が気に入らない人は、別に「作品」「芸術」「メディア」という語に置き換えてもいい。そのような定義付けのあいまいさこそが、マンガの不思議さを司る“一部”なのだから)である。
日本の場合、その発生の根本をたどれば紙芝居や講談本など、たしかに世紀をまたぐのだろうが、言葉、コマ使い、絵の著しい発展のそのほとんどは20世紀、しかも戦後の約半世紀の間、手塚治虫を始めとする人気作家の台頭を待たなければならない。これほど新しく、かつ加速度的に進化しているジャンルは、ほかにあるだろうか。
そしてその新しさ故に、既存のことばにマンガを定義づけるものがなく、そこにぽっかりと空白が発生したことも不思議さの要因だろう。既存のビジュアルアートにひとつとしては、どう考えてもくくることはできないし、文学とももちろん言い難い。マンガはマンガとしかいえないが、そもそも「マンガとは」いう定義自体がないため、マンガでもないのである。
それは“マンガの批評”とて同じこと。美術批評でも文学批評でも、そのすべてはすくい取れないマンガの批評、マンガ独自の批評の指針を本書は開かしてくれる。
本書は第一部において、マンガ批評の論点ともいえる12の論点を提示してくれる。思うに、学生が卒論などであるマンガ家の作家論、作品論を書く際に、この本を読みながら書けば、何を批評すればいいか、何が問題になっているのかが大抵のことはわかるのではないだろうか。それくらい行き届いているし、論点も出尽くしている。文章は、講演が元になっているため、平易で読みやすい。
第2部のマンガ恋愛学も秀逸。恋愛マンガを通して、本当の意味ではそれが描けなかった「手塚治虫の限界」も明かされる。その他にも「恋愛でわりに重要なのは、最初の瞬間に何かを信じちゃうという能力なんです」(ちなみにここでいう「恋愛」を筆者は、「小説」にも置き換えることができると考える)など、隠れた(?)名言も散見する。
これ以降、マンガ批評においてエポックメイキングな本として取り沙汰されるのは、伊藤剛の『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』などがあるが、だからといって本書の掲げる論点が失効した、ということにはもちろんならない。
本書は出て、10年以上が立つが、未だその論点は古びていないのである。
漫画家志望者におすすめ。
★★★★★
「漫画学」などと、むつかしく考える必要はないと思う。
それより、むしろマンガの実作者の方で、コマが上手く割れないとか、マンガって何なんだ?とか悩んでいる方に一読をお勧めしたい。
他のレビュアーの方も指摘している通り、夏目氏の著作としては、別冊宝島の「マンガの読み方」が断然イチオシだが、「マンガの読み方」と併読するテキストとしては本書も悪くない。視線誘導や圧縮開放といった理論も、たとえば美術出版社から出ている「マンガのすき間」などより、はるかに平易に解説されている。この辺りの夏目氏の本を精読すれば、もうマンガ解析のツールは手に入ったも同然なので、後は自分の気に入ったマンガなどを、そのツールを用いて解析してゆけば良い。私は夏目氏のセオリーをさらに応用発展させることで、長年謎のままだった少女マンガのコマ割りの解析に成功した。
今まで漫然と眺めているだけだったプロの漫画家のコマ割りの技術の本質が見えて来た時の嬉しさは例えようもないものだった。
竹宮恵子は「マンガ言語」という呼び方をしているが、こうして解析された紙面構成の技術はすぐにでも自作に応用の利くものであり、これを豊富に持てば持つほど、自身の技量は向上してゆく。
「コマ割りのやり方は人それぞれでセオリーなどはありません」と嘯いていた美術出版社の本とは比較にならないほど、有益な本である。
漫画家志望者で、まだマンガの描き方が良く分からないという方、まずは何をおいても、夏目氏の著作を読むべし。
安心して読めるマンガ学の基本書のひとつ
★★★★★
1996年のNHKの人間大学シリーズのテキストを再構成したもの。早稲田と成城での公演が2本ついている。
マンガ学の基本書としては、95年の別冊宝島EX『マンガの読み方』が第一だろうが、これはその共著者だった夏目の続編に当たるもの。しかし、補遺というより、より整理されて、すっきりしたものになっている。マンガ史に至っては、アトムの次がゴルゴ、そして、吾妻だけだ。実際、たぶん、理論的にはこの三つで足りる。他のマンガ研究者が採り上げたがる奇をてらった技法よりも、凡庸なドラえもんの文法的な底力に注目しているのもおもしろい。
早稲田の恋愛マンガ論は、いまいち。手塚とつげとタッチで恋愛マンガだ、と言われてはなぁ。成城の方は、香港マンガの現在。これも、なんで、というような、どうでもいい内容。せっかく前半が体系的にまとまっているんだから、こういう関係ない古い講演録でページ数を水増ししたりしなければいいのに。
甘い漫画論
★★☆☆☆
日本漫画の質と量のすばらしさに対して、漫画批評は非常に質量ともに低水準を徘徊しているが、その代表選手が本書の著者、漱石の孫である。孫がこの程度の仕事で低回しているのは、偉大な文学者の祖父にとっては、耐え難いことかもしれないが、とまれ新しい漫画批評家が大挙して日本漫画のすばらしさを多種多様な角度から論じてくれる日を待ち望むしかない。