調和とセンスを感じるポアロものの短篇集。読み心地がよく、気軽に楽しめます。
★★★★☆
エルキュール・ポアロの“エルキュール”という名前は、ギリシャ神話に登場する“ヘラクレス”のフランス語読みにあたります。そのことに興味を引かれたポアロが、あたかもヘラクレスが十二の難業を成し遂げたように、十二の事件を手がけることにした、というところから、話がはじまる短篇集。おしまいの短篇「ケルベロスの捕獲」を除いた十一篇がまず、『ストランド・マガジン』誌の1939年9月号から1940年9月号に連載され、おそらくは話の内容により掲載されなかった「ケルベロスの捕獲」が、全く別の話に変わって追加され、『ヘラクレスの冒険』として出版されたのが1947年の9月だった、という経緯がある作品集です。この辺の事情は、『アガサ・クリスティーの秘密ノート』の上巻に記されています。
ひとつひとつの短篇はそこそこ楽しめるという程の小粒なものですが、舞台がヨーロッパのあちこちにまたがる国際色豊かなもので、ポアロという探偵が“ヘラクレスの難業”にちなむ事件にあたるという統一性があるせいでしょうか。作品の雰囲気に調和とセンスがあって、全体としてとても読み心地のいい短篇集になっていますね。ポアロものの名作と引っかけて言わせてもらえば、ちょうど、かの有名なオリエント急行に乗車して、様々に変化していく窓外の景色を眺めながら、卵型の顔にぴんとはねた口髭の小男(コンパートメントに相席していた、不思議な存在感を持った人物!)が活躍する探偵譚に耳を傾けている、とでもいった感じ。なかでも、「ネメアのライオン」「アウゲイアス王の大牛舎」「スチュムパロスの鳥」「ヘスペリスたちのリンゴ」の事件が面白かった。
それと、おしまいの「ケルベロスの捕獲」は、この第二バージョン版よりも、当初、雑誌に載るはずだった初期バージョンのもの(『アガサ・クリスティーの秘密ノート(上)(ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』に収録)のほうが、インパクトがあって魅力的ですね。この初期バージョン「ケルベロスの捕獲」からさらに、フリッツ・ライバーのSF短篇の逸品「あの飛行船をつかまえろ」(『20世紀SF〈4〉1970年代―接続された女 (河出文庫)』所収)を読んでみると、なかなか風変わりでスリリングな本の旅ができるかも。
クリスティのマイベスト10に入れたい。
★★★★★
クリスティのマイベスト10に入れたい、短編を体系的にまとめた作品です。
ひとつづつの事件は、必ずしも殺人があるわけではない。
必ずしも犯人がつかまるわけではない。
ヘラクレスの物語になぞらえた事件設定と、ポアロの人間性が現れている。
本書の、解説に書かれている
「著者を通しての、イギリス人の考え方やその他の国々の人たちに対する歴史認識、思想、政治や人種に対する思いなどもまた、やはりある年齢に達しないと面白がれないのではないかと思う。そうでないと、ただ予想外の犯人や驚天の犯行動機、奇想天外のトリック、そして鬼も泣く探偵の推理などに目が奪われるばかりで、クリスティ特有の深みを享受することは難しい。ことに食べものや飲みものに対する好みや道具類、服装などに対する薀蓄、たとえばポアロやミスマープルたちに生かされているそれらを十分に味わうには、やはり読む側にも受け入れる素地がないと」
という文章は、クリスティの楽しみ方を示唆していると思われた。
イギリスでの生活もしたことがなく、
クリスティが書いた年齢にも達していない人間には、
映像を通じて、読む側にも受け入れる素地を醸成するのも手だと確信した。
洒落た趣向の短編集
★★★★☆
ヘラクレスの十二の難業になぞらえた十二の事件を、
ポアロが解決していく、という洒落た趣向の短編集です。
巧みにギリシャ神話と、事件のテーマが組み合わせられています。
ポアロがイギリス国内に留まらず、世界各国をまたにかけ、
活躍しているのも、変化に富んでいて面白いです。
予想外だった話が「レルネーのヒドラ」・「スチュムパロスの鳥」・「クレタ島の雄牛」でした。
「アルカディアの鹿」は、純粋な青年の恋の行方を描いたもので
一番好きな話です。「ヘスペリスたちのリンゴ」は、
事件の展開も意外なら、話の終わり方も「ああ、そう終わるんだ」
と関心させられました。最後の「ケルベロスの捕獲」は、
ポアロの恋物語になっています。
ヘラクレスの「カボチャ」
★★☆☆☆
この作品の導入で、ポアロが引退後の趣味としてある野菜の栽培を語っている箇所が、昔から気になっていた。
ハヤカワ文庫旧版の高橋 豊氏の訳では「ナタウリ」、本書の訳では「カボチャ」となっているが、前後の記述との違和感があった。
原書をあたってみると、「vegetable marrows」であった。Wikipediaによれば、「vegetable marrow, a variety of squash, or a large courgette (zucchini in US English)」であり、現在であれば「ズッキーニ」と訳するのが適切だと思う。少なくとも、「カボチャ」はあまりにも乱暴である。「ズッキーニ」ならば、「taste of water」との表現や、調理法の描写とも一致する。
長年の疑問が氷解したのはうれしいが、今回の新訳には異議をとなえたい。旧版は昭和51年初版であり、ズッキーニなど恐らく日本で流通していなかった時代を考えると、植物学的に正しい「ナタウリ」との訳は適切といえる。しかし、ズッキーニが普及している現在の訳として、「vegetable marrows」を「カボチャ」と訳するのは訳者の怠慢に思えてしかたがない。
その他、全体として訳文が冗長で、日本語としてのリズムが良くないと感じた。機会があれば、旧訳をお読みになる事を強く勧めたい。
ポアロ・ファンにおすすめ!
★★★★★
エルキュール・ポアロが挑む、バラエティー豊かな12の難事件。ゆすり事件に巻き込まれた若手政治家の話や、ある人物が2つの事件に登場し、ポアロの指示で潜入捜査をする話などが収められています。ポアロの活躍がたっぷり楽しめる一冊です。