棄民の街
★★★★★
山谷との接点は全くないと言う訳ではない。矢吹丈、丹下段平のホームタウンとして興味もあるし、たまにカフェバッハ(162ページの「日本堤」はカフェバッハのおカミさん?)に行くので足を踏み入れたこともある。ついでに言うとカフェバッハに行く途中にUターン禁止でマンモス交番のお巡りさんに怒られたこともある。
そのマンモス交番で、お巡りさんに煙草をせびる浮浪者と、躊躇なく煙草を与えるお巡りさんに妙な違和感を覚えた。交番を出て見ても、労働者の街というよりは浮浪者の街という佇まい。山谷は変質してきていると感じたのが、本書を手にたきかっけだ。
ノンフィクションとしてはすばらしく出来がいい。山谷の住民は簡単には胸襟を開かないはずだが、著者はルポライターとしてではなく、日雇い労働者として山谷に溶け込んでいる。それも、ルポを書くために体感したというレベルではない。本書に書かれている労働者の声は、インタビューに答えたものではなく、労働者間の連帯感がこもった会話である。生々しくもあり痛々しくもある。
それでも本書が書かれたのはバブル経済末期であり、労働事情は現在より遥かによかったはずだ。エピローグに山谷のその後が少し書かれているが、昔は少なからずあった反骨精神や這い上がろうとする足掻きは今はないのだろう。高齢労働者と浮浪者が喘ぎ、やられたらやりかえせという気力もない街は、まさしく「棄民の街」呼ぶのが相応しくなってしまっているのかもしれない。
日本の見えなかった部分を再発見
★★★★★
東京に住んでいても足を踏み入れたことのなかった山谷の世界を、アメリカ人の目を通して教えてもらうことができました。現在、カリフォルニア大学で教鞭をとっているという著者にも非常に興味がもてました。是非、続編がでることを期待したいです。
建築現場の実態がわかる
★★★☆☆
街中でよく見かけるホームレスの人たちと山谷に住む日雇い労働者の人たちでは、家がないという点では同じでも少し事情が違うことが本書を読むことでわかった。
実際の建築現場では外国人の労働者や日雇いの人たちが、ヨゴレで危険な仕事に従事している。そういう事情を外国人の大学教授が体を張ってレポートしている点が驚きだ。日本人による同様のレポートもあるが、外国人という違った視点で語られるところに読む価値があると思った。
衝動もそのまま
★★★★★
疲れてむしゃくしゃしているとき、釜ヶ崎に行く。自販機の前に座り込んで酒を飲み、三角公園で寝転び、路上のサイコロ博打に興じる男たちを見てまわる。少し元気になって帰ることができる。この街は得体が知れない。なのになぜかとても懐かしい。どうしてだろう。前々から抱いていた謎に、本書は十分に答えてくれる。
日本文学の研究者で、カリフォルニア大学の教授であるアメリカ人が、山谷に住み、内側からレポートする。山谷住人との血の通った交流を成功させ、言葉にしているだけではない。家族も仕事も捨ててここ山谷に沈んでしまいたいという著者の衝動も、そのまま記録されている。山谷の魅力に引かれ揺れる己のこころと対峙しないではいられない。
詳細な調査・体験に基づいた大作
★★★★★
内容の深さと質の高さに感銘を受けた。本書は山谷の労務者、行政関係者、労働組合などへのインタビュー、著者自身の日雇い労働の記録、等詳細な実地調査・経験などが見事に融合されている。外部者という立場を最大限に生かしている。著者はまた、「ミイラ取りがミイラになる」ような体験もしており、それも本書で共有していることがこの本を奥深いものにしているのでは。
「Bum(浮浪者)はuなしに語れない(ひょうなことからお前だって浮浪者になるかもしれんぞ)」という引用には自分自身でも恐怖を感じた。普通の人がちょっとした運命の歯車が狂ったことで人生を転落していくという怖さを感じました。