医師という職業
★★★★★
いわゆる’フリーター’の増加を懸念する人がいる。「自分探し」という言葉も流行した。一体、職業とは人の心の在り方を規定するものだろうか。
本巻は医師という職業が幸運にも天職となった人物を中心に展開する。彼は思考即行動の現実主義者で、職業上の深い悩みからでも、食べ物の匂いで空腹を覚えた瞬間に解放される。密かに妻にと望んでいた女性にフラれても、仕事に入れば立ち直る。おかげで、読者も深刻な問題に落ち込んで置き去りにされることはない。
他方、作者は当巻主人公を含む若き医師たちに「おやじ」と慕われ、患者の心を知り尽くし、その慧眼で未来を見通す賢者を配する。『診察』を船に例えれば、この「おやじ」は錨(いかり)である。
医師とは死を見据える職業でもある。医学ではもはや回復の見込みがなく、苦しむ我が子を見かねたある医師は、同僚に安楽死の処置を頼む。全巻を通じて3回描かれる安楽死というテーマの初回である。かつての歩く権力は病み衰え、世界大戦ははや翌年に忍び寄っているが、当巻主人公の関心は目下の現実にある・・・。
ともあれ職業選択の自由とは、平和と豊かさを象徴するありがたいものだ。
なお、当巻末の「解説」も当巻読了時に読んで構わないと思われる。