演じられた生涯・見出された素顔
★★★★★
小心者は大言壮語し、肩で風を切って歩く。自他を欺くためである。器が大きければ、そんなことはしない。必要がないからである。
本巻副題の人物(=「父」)の臨終の心が激しい動揺を見せるのは、彼が有徳と尊大を誤解しただけのかわいい凡人だったからなのだ。彼の身体もまた、意識を無くしてなお、静かな死には至らない。『診察』で現れた安楽死のテーマは医師である登場人物にとって、依頼される段階から、自らの意思で実行するか否かの段階に進む。「父」の凄絶な死の後には、ひっそりと遺品だけが残される。まずは彼の律儀を示す、葬儀の手配から遺贈品目録までの細かな遺言書。次いで「感傷とは縁遠い」という身内の評価を覆すように、亡き妻の写真や本人の心の軌跡のメモなどがぽろぽろと出てくる。「髄の髄まで一気に」理解し合えたかもしれない血の絆は、逆に全くの無理解のうちに永遠に手遅れになる。血族とはそういうものかもしれない。
また、カトリック教徒の臨終を扱う本巻では、作家自身が宗教に対して終生抱いていたといわれる葛藤が噴出したと思われる箇所もあり興味深い。
ともあれ「父の死」は周囲の者に各々の思いを抱かせながら、ひとつの時代の終わりと次の時代の到来を告げる。
なお、本巻「解説」はところにより筋を「先取る」ので、お気をつけて。