ノーベル賞作家からの伝言Ⅰ
★★★★★
天災の後、野生動物の死骸が少ないのは彼らが本能で予知できるからだという。翻って人類は天災の予知どころか、戦争という最大の人災さえ、未だに防ぐことができない。まるで経験から学ばないことの証左である。
マルタン・デュ・ガールは当初大戦をこれほど大きく扱うつもりはなく、全体の構想も更に倍の大河となるはずだったという。しかし、作家が『1914年夏』に着手する前年、ドイツではナチスの一党独裁が始まり、国際連盟を脱退している。30代で第一次大戦を経験した者として、座視できなかったに違いない。
本巻前半では、主人公の一人とその仲間たちの組織を中心に、開戦1ヶ月前から8日前までの群像が描かれる。7巻までの心理描写より多少ハードな表現だが、作家はひとつの視点を強制しないし、大きな時代の波に気付いた人は皆、何かしら考えるものだろう。
後半は気難しい相手を前にして、会えただけで喜色満面のもう一人の主人公や、彼同様いつも思いやる一方の友人が描かれて切ない。この優しい人々は大波に気付かぬ凡庸な部類かもしれない。しかし、時に「社会制度が新しくなっても、人の本性という基本的要素は変わらない」といったことを口にして本質を衝く。
なお、当巻「解説」に「先取り」は少ない。また、人名は適宜メモを。そして、バルカン半島の位置が覚束ないようなら、お手許に地図を置くことをおすすめする。