比較文学者ならではの労作
★★★★☆
上巻のレビューで、これでは真之の評伝というより『米西戦争物語』だろうと述べたが、
解説の小堀桂一郎氏も(遠慮がちに)ほぼ同様の指摘をしていることからすると、
本書を読む人は、だいたい似たような感想を持つのではないか。
軍事については完全に畑違いの比較文学者である著者が、
「終りの章」に掲載されたひたすら浩瀚な参考文献群を読み抜いて、
これほどの大部の著作をものしたことには率直に敬意を表したいが、
集めた資料は何らかの形で利用したくなるという学者ならではの習性が災いして、
不必要なまでに饒舌な書き方になっている部分が、米西戦争の描写以外にも散見されるように思う。
(本書は1970年に「日本エッセイストクラブ賞」を受賞しているが、
評伝や小説と呼ぶには真之と直接関係のない記述が多く、かといって
これほどの労作に何らかの形で報いないわけにはいかないとなると、
そのあたりが落としどころだったということだろうか。)
そう考えると、本書の価値はむしろ、『坂の上の雲』の構想・執筆に苦心していた当時の
司馬遼太郎にとって、強力な援軍となったことのほうにあると言えるかもしれない。
著者も書いているように、アメリカ留学時代の秋山真之については
三通の手紙をのぞいて直接の資料がほとんどなく、その空隙を補うためには
あれだけ広範にわたる資料を読み抜く必要があったのだろうが、
比較文学者としての著者が、何種類かの欧語資料を自在に駆使しつつ
本書という形で一種のレジュメを提供してくれたことについて、
司馬氏はほとんど狂喜したのではないかと思われる。
『坂の上の雲』の今後の放映予定からすると、『ロシア戦争前夜における秋山真之』も
今年中には復刻・文庫化されることと思うが、早くこの続きを読みたいものである。