上巻は真之の評伝というより、『米西戦争物語』だが・・
★★★★☆
表題からは秋山真之の評伝、それもアメリカ留学時代という
さほど長くはない時期だけを切り取ったものという印象を受けるが、
蓋を開けてみると、最初のほうこそマハンとの出会いなどが描かれているものの、
上巻の途中からは、米西戦争のひたすら克明な活劇風の描写が続く。
当時の米軍のいささか「牧歌的」とも言いうる編成や作戦行動について、
陸軍から出向していた柴五郎少佐が論評を加えている部分などを読むと、
そのわずか半世紀後に日本が圧倒的な物量差を見せつけられて完敗したのと
同じ軍隊とは到底思えないが、考えてみれば、ペリー来航からやはり半世紀で
ロシアを打ち破った日本についてもほぼ同様のことが言えるわけで、
そのような歴史のダイナミズムを感じさせてくれるという点において、
本書は第一級の歴史資料たり得ていると思う。
とはいえ、主人公であるはずの真之は、時折鋭い眼を光らせては
何かノートに書きつけたりするのを除いて、後半はほとんど登場しなくなってしまうし、
比較文学者である著者がこの戦争の経過を描く際の手つきは、
ほとんど鼻歌混じりと言ってもいいほどに愉しげなもので、
(もちろん、戦争の悲惨さや残酷さについても余さず描かれてはいるが)
これでは評伝というより『米西戦争物語』だろう、という気がしないでもなかった。