今日はもうとにかく癒して癒して!爽やか上等!の、本。
★★★★☆
宇江佐真理さんの作品は、いつも本当に美しい。
作者の心ばえがやさしく品があるのだろう。
表現がとっぴなのでもなく、唐突な設定もない。
市井の人々が過ごす日常。
時に涙し、理不尽に憤り、そうしてほっこりと笑う。
ただの日常がこんなにも貴重でいとおしい。
それに気づかされる、珠玉の作品。
巡りあえてよかった。
“代書屋五郎太”とのリンク作品
★★★★☆
臆病で取り柄のない7歳の少年・太郎左衛門が、
“男気”を学ぶために火消しの頭に弟子入り。
そして火消し一家に出入りしながら、一家の揉め事や行事に関わって行くのだが、
少年の成長というより、武家の坊ちゃんと火消し一家とのちぐはぐな関係が面白い。
あまりにも情けなく、しかしとても礼儀正しい坊ちゃんと、
気性は荒っぽいのに、あくまでも武家と町民の身分をわきまえた言動に徹する火消し一家。
読んでいて気分が滅入ることもなく、ほのぼのとした時代小説で、
宇江佐さんらしい味を出している。
作中に登場する男たちの何人かは、
皆それぞれに小説世界を彩り、それぞれの生き方を貫きながら、やがて命を落としてしまう。
しかし太郎左衛門はぼんやり生きているようでいて、それなりに成人し、それなりに人生を歩んで行く。
だからこそ“無事是れ名馬”なのかもしれない。
この小説は、続編ではないが『春風ぞ吹く−代書屋五郎太参る』にリンクした作品である。
なんとすれば、太郎左衛門は、春風〜の主人公・村椿五郎太の子。
今作の中には、五郎太やその母・里江、ヒロイン・紀乃らも登場するので、
宇江佐ファンとしては興味深い。
「この親にしてこの子あり」とも思えるし、「あの青年がこんな親に」とも思える。
できれば、春風〜を先に読んだ方がリンク性を楽しめると思う。
春風ぞ吹く―代書屋五郎太参る (新潮文庫)
名馬になるためには?
★★★☆☆
主人公が誰なのかがいま一つはっきりしないことが本書の全体像をぼやかしている原因と思う。主人公であろう太郎の成長の過程を通して感動や興奮があるのかと期待したのですが、最後まで不発でした。だからこそ「無事これ名馬」なのかもしれませんが…。
善人の目を通して描かれた市井の人々
★★★★★
幕府表御祐筆役の倅、太郎左衛門と、
江戸の町火消し「は組」の頭、吉蔵一家との交流を軸にした、
市井の人々の暮らしを描く連作時代小説。
宇江佐真理の子どもを見守る暖かい視線に満ちた佳作だと思います。
小さな太郎左衛門の可愛らしさ、
吉蔵の娘お栄の結ばれなかった縁、
江戸に暮らす町人の濃密な人間関係が、
本作のメインテーマです。
善人、吉蔵は、
本作中、傍観者であり、
読者はやがて吉蔵と同じ目線で、
太郎左衛門やお栄を見守ります。
本作で魅力的な登場人物は、
幼く弱虫だが、大人物の器も備えた太郎左衛門、
気が強く愛情に満ちた娘、お栄です。
太郎左衛門とお栄は、
この作品中疑似母子だと思います。
二人が周囲の登場人物をひっぱって物語が動いていきます。
物語の最後、成長した太郎左衛門の祝言が描かれます。
まさに物語の終焉という、一種の寂しさをともなった祝福の様子に感動しました。
一種の群像ものですから、
だれか1人の主人公に感情移入することはありませんが、
宇江佐ワールドに惹き込まれること請け合いです。
ハートウォーミングな成長小説
★★★★☆
宇江佐真理は、引き出しの多い作家だ。
髪結い伊三次シリーズで、江戸の市井に生きる人の「ちょっといい話」
「切ない話」などを書いたと思えば、
「雷桜」で、骨太の恋愛小説を書く。
今度は臆病で剣術の弱い太郎左右衛門の成長小説だ。
ときにユーモアも交え、ときにほろりとさせる。
いろいろな人生模様が大げさでなく描かれていて読後感は爽やか。
世の中には、強い人も弱い人もいる。
そのことをしっかり踏まえた上での物語構成だ。
人に対する視線も温かい。
涙とともに笑いも出てしまう、「いい小説」である。