主人公の安倍晴明は、平安中期の天才「陰陽師」。陰陽師とは、簡単にいえば占い師なのだが、陰陽道にのっとって、呪術を操り天文・暦学をつかさどる専門職だ。彼の行ったことはあまりにも不思議な部分が多いので、いろいろな古典に取りこまれている。そのつど、多少なりとも作り話が加わるので、結果として「安倍晴明ワールド」というべき伝奇ロマンが中世以後形成されている。
本書に収録された6つの短編も、連綿と続くその伝奇ロマンの一片。鬼や死霊、生霊などさまざまな「ものの怪」が登場するが、彼らがものの怪であることには、それなりの理由があるのだ。人間をたばかり、殺すことだけが彼らの目的ではない。この世に「怨み」があるから、ものの怪は存在するのである。
安倍晴明は、そんな彼らを退治することはしない。ものの怪の存在理由を明確にし、彼ら自身を納得させるのである。派手な活劇は登場しない。「蟇」では、我が子を殺された両親の怨みを、「鬼のみちゆき」では、男に捨てられた女の怨みを、晴明はじっくりと聞く。そして彼らの怨念を解きほぐしてやるのだ。
決しておどろおどろしいストーリーではない。むしろ、知らず知らずのうちに「怨み」を生んでしまう人間の哀しさが、一編一編の話からにじみ出ている。陰鬱(いんうつ)でもない。各話中で交わされる、晴明と博雅の会話が実にひょうひょうとしていて、ときにおかしさを物語に添えているのだ。
哀しさとおかしさの真ん中で、安倍晴明が涼やかに平安の人間と闇とを見つめている。(文月 達)
「人とは、いつか死ぬのがよいのだな」
★★★☆☆
初めて読みました。これほど有名な作品にいまさらレヴューとは僭越な話ですが、いくつかの追記情報を。時代は860年から861年が舞台となっているようです。全部で6篇の作品が含まれていますが、季節は夏から冬(6月から11月)が扱われています。
晴明登場の第一巻なのですが、博雅との出会いなどの発端についてはほとんど描かれていません。形式は典型的な、シャーロック・ホームズとワトソンのパターンを取っています。しかし舞台は平安期の京都です。この京都という舞台装置が全体の雰囲気を決定付けています。
ここには通常のミステリーが想定する事件や解決はありません。この平和が続いた摂関政治の絶頂期にはもはや戦争はなく(反乱は時々あるが)、そこでは人間の具体的な行為や犯罪が晴明の関心を引くことはありません。ただ変わることのないのは人間の業で、この業が転化した霊や鬼が晴明の相手となります。清明が積極的にこれらの対象に絡むことはありません。というのは晴明には全てが見えているからです。むしろ現実の世界に生きる博雅に引き込まれるケースが大多数のようです。最後のあとがきはこのシリーズ発足の時点での著者の構想が語られており参考になります。
芸術作品
★★★★★
風景描写がスゴイ!
文章を通じて物語が鮮明に「見える」感覚に陥った時の衝撃を今でも覚えています。
時代をさかのぼり平安時代の清明と博雅が語り合っている姿が容易に想像でき、読書というよりも
自分の想像している映像の中で物語が進んでいくような感覚になりました。
今昔物語集や古今集といった古典に疎い自分にも十分理解できる作りになっているので
興味を持たれている方は一読されることをオススメします。
独特の雰囲気が素晴らしい
★★★★★
説明が必要でないほど有名な作品。
一行に書かれる文字数がもの凄く少なく、
あっという間に読み進めていけそうなのだが、
かえってその行間が余韻を残し、雰囲気がよく醸されている。
和歌や適度に古臭い言葉遣いがあるためかも知れないが、
安倍晴明が式神を使って魚を焼かせたり、または案内をさせ、
いつも源博雅が晴明をたずねてきては、ふたりで酒を酌み交わし、
庭や月を見ながらのんびりと話をする。
最後は博雅が相談を持ちかけ、いざ妖怪退治に出かけるおきまりの展開なのだが、
それが仄かに心地よく、過度な描写や雰囲気作りもないのに、
いっそうその場面や言葉が際立つように感じられるのが素晴らしい。
これを読むと、同じように陰陽師を題材にした鴨川ホルモーが、
ひどく陳腐で滑稽な作品に思われてしまうだろう。
しみじみと浸れて、その名残を愉しめる良作。
《傑作》シリーズ。
★★★★★
《夢枕獏》氏という作家に関しては、やはり《賛否両論》ある所だろう。実は、私の中でも《賛否両論》がある。基本的にエログロ描写が、どぎつ過ぎるのだ。作品を読んでも、半分は超・感動する傑作なのだが、後の半分は、読まなきゃ良かったというくらい、好きになれない作品だったりする。でも、面白い時の《夢枕獏》氏の作品は、半端じゃないくらい面白かったりします。この『陰陽師』シリーズも、氏の作品の中では、傑作と言えるシリーズだと思います。
読みやすさはピカ一
★★★★★
古典的な文体でやや取っつきにくいかな?と思って読んでみれば、意外にもすらすらと読めました。会話が多いのもあってテンポよく進んでサッと読み終わる感じです。
陰陽師だからといって、特に難しい表現が出てくるわけでもなく、それはきっと晴明のキャラが馴染みやすいからでしょう。
飄々として、自由気ままにしている姿はとても印象的で、事件をさっと解決するのも尚良し。
相棒の博雅とのコンビが最高にマッチしていて面白いです。