悲しい物語です
★★★☆☆
長編というスペースの余裕のせいか、陰陽師、それから主人公(道満もふくめて)についての詳しい解説がかなりの部分を占めます。しかし過去の短編でのエピソードについても伏線としてかなり言及されますので、やはり短編を読んでから読むのがお勧めです。謡曲「鉄輪」を知っていればもっと楽しめるかもしれません。しかしこの長編のエッセンスとフォーマットそしてオチは短編と変わりません。そしていくつかの例外を除いて終わりは悲しいものです。ただ長編というスタイルは、最後への盛り上がりをより劇的でかつ不可逆的なものにすることを可能ならしめます。このシリーズもつまるところは好みです。これに魅惑される人もいれば、これに飽きてしまう人もいるのでしょう。巻の二「相撲節会」のエピソードは全体の中での収まりはちょっと微妙ですね。
人の世の無常とだれの心に住むおどろおどろしい業が紡ぎだした哀しい物語
★★★★★
夢枕獏氏の陰陽師シリーズを読んだのは初めてでしたが、主人公の安倍晴明、源博雅がどのような人物なのか、あるいは陰陽師とはどのような人のことを言うのかが物語の中で丁寧に記されており予備知識のない者にも読みやすく書かれている。
私的なことですが、兵庫県佐用町江川地区いうところに安倍晴明と蘆屋道満の塚がそれぞれ小高い山の上に対峙するかたちであるのを観たのが本書を手に取るきっかけとなった。本書では安倍晴明が主役格のヒーロー、そして晴明とライバル関係にあったとされる蘆屋道満が悪相の脇役として描かれている。陰陽師といえば安倍晴明がその第一人者として知られておりカリスマ性がある。夢枕氏が物語の主人公として選んだのも当然のことと思う。しかし、播磨の地に住む私としては蘆屋道満をこのように扱うことについてほんの少し残念な気持ちもある。というのも、蘆屋道満は播磨国の出身と伝えられるからである。陰陽道の祖とされる安倍晴明に勝るとも劣らないほどの呪術力を持っていたとされ、晴明の好敵手であったのだ。晴明が藤原道長お抱えの陰陽師であったのに対し、道満は藤原顕光お抱えの陰陽師であった。要は歴史としての言い伝えはそれを残す側の権力者の思惑に左右されるのであり、朝廷側にいた晴明が「正義」とされるのは歴史の必然であって、事実がそのとおりであったとは限らないのだ。本書でも晴明は爽やかな若者、道満は老獪な人物といて描かれるが、実際は道満の方が若かったという説もある。事実はどうであったのか確かめようもないのだが、蘆屋道満が多く伝承されるように悪逆無道の人物であったとは限らない、そのことだけは記しておきたい。
とはいえ、夢枕氏の描く安倍晴明はなかなかのナイスガイであり、読者として応援せずにはいられないヒーローである。読者を惹きつけ虜にするだけの魅力に溢れている。このシリーズを全て読み通したいと思った次第。
本書は人の世の無常とだれの心に住むおどろおどろしい業が紡ぎだした哀しい物語。「生成り」とは辞書によると「能面の一。女の怨霊に用いる。角が生えかけた形で、般若(はんにや)になる以前のさまを表す」とある。源博雅が堀川橋のたもとで見初めた何処の人とも知れぬ姫。月日が経つにつれ姫の容色にも翳りが見え、そればかりか姫にふりかかった哀しき定めにより心に鬼を宿すまでになってしまう。読者はこの物語を読み終えてふり返ると、始めのほうで博雅が晴明に語った「そのお方が、老いてゆく御自分に対して、心に抱いている哀しみすらも、おれは愛しいのだよ」という一言にこの哀しい物語が暗示されていたのだと知ることになる。
よい漢たち
★★★★★
陰陽師安倍晴明と親友の源博雅。この二人の心の交流が,このシリーズのとても大切な軸となっているのはもういうまでもないことです。でも今回の生成り姫は二人の友情の深さや,それぞれのよい漢(おとこ)ぶりがいかんなく光っているように思います。博雅がかつて恋した姫君と再会したのは,彼女が「他にどのような術もなくなり,鬼になるしかなかった」時でした…悲しみ,恨みを晴らすために人の命を奪い,自らも傷ついていく姫を晴明,博雅がそれぞれもつ情の深さ熱さで救おうとする姿がとても魅力的に描かれています。また平安の貴族女性が親をなくし,夫の助けを失った時,いかに残酷な立場に置かれるか,源氏物語など古典に様々例が あり,一見華やかにイメージされる平安時代の社会の闇を感じることがありますが,獏さんはその闇を見事に描ききっておられ,この物語は本当に陰陽師シリーズの中でも殊に素晴らしいと思います!