日常の不安
★★★★★
桐野夏生の「幻の処女作」である本作は、ありふれた日常の不安を描いた桐野作品の根幹をなすものだろうと思う。小説家の処女作のなかにこそ、その小説家のすべてがあるとすれば、この作品も桐野作品のすべてが詰まっているといっても過言ではないだろう。
本作について、ここに登場する人物は、作者の言葉を借りれば「取り残された人々」だ。その人間たちは、ただの日常を暮らしているだけだが、なぜかある暗さを持っている。人間が持つそもそもの暗さなのか、それともバブル時代の終わりの始まりの暗さなのかはよくわからない。しかし、この暗さは、時代が変わってもなお残る暗さだ。物語の象徴であるディズニーランドはまだ建設されたばかりだ。平成22年現在、スカイツリーは建設中だ。今後、スカイツリーの建設を象徴的に描く小説がきっと書かれるだろう。
物語は、なにも解決しないまま、すべてが暗示的に終わるが、後の桐野作品のすべてに通じるものであるだろう。
物語の舞台は郊外。
★★★★☆
バブル時代突入直前の混沌とした時代に生きる人々の心情を鮮やかに描いた作品。
作者らしく、バブルの波に乗ろうとする活力のある華やかな人々ではなく、波に乗り遅れ、
あるいは乗ることさえ諦めた、既に落ちている人々の茫漠とした不安感がリアルである。
時代背景は違えども、格差社会と叫ばれる現代においても充分に価値のある作品だと思う。
純文学の香り高い
★★★★★
五つ星以上を進呈したい。作者が直木賞でなく芥川賞を目指してもよかったのにと思わせる作品。
新聞連載中の作品を読んで虚構性が目立つのと人物のデッサンの粗さが気になっていたが、この作品には、そういうところが微塵もない。
主人公(私)の十代の青春期から三十一歳の現在までの苦渋に満ちた半生を振り返って、いまだに彼女の心のしこりになり、一時は彼女自身を破滅させかけさえした重大な事柄が、彼女自身と彼女の周りの重要人物の心理の動きと併せて、濃密に描かれている。サスペンス要素をも加味したすぐれた心理小説である。
背景になっているバブル前夜の光景、地上げという言葉などは、バブル時代を体験した年代の者にはとても懐かしい。自家用パソコンやインターネットや携帯電話の無かった時代の人間関係、特に恋愛の味の濃さが今の若い人に分かるだろうか。二時代以上前を描いた小説の多くくから追体験してみてほしい。
今と比較してしまうので
★★★☆☆
現在の桐野作品と、どうしても比較してしまうので、淡々としたストーリーに退屈さを感じてしまいます。
作者としては、処女作としての思いがあるのでしょうが・・・
読後に残る暗い予感
★★★☆☆
デビュー以前の作品にあたる本編を、作家自身はあとがきで「浅い」と振り返っているが、人間の暗部だとか、人物同士が奏でる不協和音だとかをエンタテインメントに昇華するという作家の真骨頂がすでに発揮されている。バブル前夜、東京ディズニーランドが出現し、従来の階層分布ががらりと変貌を遂げつつある千葉のニュータウン。主人公の美浜はこの土地で生まれ、この土地が別の色合いを帯びていくのを目の当たりにしてきた。しかし、彼女自身の時間は、ボーイフレンドが自ら命を絶った20歳のときから止まっていた。そして、少年の兄と11年ぶりに再会し、彼女の暗い青春はふたたび動きだす。封印してきた過去が次第に明らかになっていく時の「きしみ」と、町の住人たちがバランスを崩していくときの音とが重なりあう。やがて訪れるバブルのうねりはこうした些細な音を一切かき消しながら日本全土を蹂躙していくのだろうという暗い予感が読後に残る。