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不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

価格: ¥594
カテゴリ: 文庫
ブランド: 新潮社
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すぐれた通訳論 ★★★★★
 ロシア語同時通訳で有名だった著者の同時通訳論。本書を通読すると同時通訳という仕事がいかに難しく、苛酷であるかがよくわかる。難しいというのは技術的な話がまずある。それを著者は翻訳と対比して考察する(pp.62-63に図解がある)。
 通訳は原発言を聴取・理解・判断し、記憶やメモにも頼りながら、通訳者は記憶を再生し通訳し、聞き手に伝える。それを原発言者に遅れること数秒で行う。
 翻訳は原文があり、読み取り、理解・判断し、翻訳者は翻訳作業を行い、読み手に伝える。翻訳には時間的余裕がある。通訳、翻訳の直接的プロセスはいわばブラック・ボックスとのこと。
 技術的な困難にくわえ、それ以上に難しいのは2つの言語の文化的背景とのこと。それらを具体的に、好例、自身の経験あるいは公表されている失敗談の出版物からの引用をふんだんに取り入れて議論している。
 意外とやっかいなのは挨拶の通訳、また固有名詞の通訳は難儀とのこと。小咄、駄洒落、方言をどう訳すかということまで微に入り細に入り展開している。
 機転のきかせかた、ピンチの切り抜け方なども論じながら、言語そのものの本質までの展望がある。通訳には2とおりの型があり、原発言を逐一訳していくやりかたと、原発言のいわんとしていることを大掴みし、意訳するやりかたがあるのだそうだが、著者は後者ができる大家であった。
 奇妙な題名は「貞淑」というのが原発言に忠実な訳、「美女」とは訳文として整っているかということ、「不実」「醜女」はそれぞれ反対の意味の譬えである。
通訳者の文章とはこういうものか ★★★★★
 米原さんは頭の良い人ですね。読んでいてそれをひしひしと感じました。優れたエッセイ、興味深い文化論です。
 最も感心したのはその文章。大変解りやすく書いてある。「通訳者の文章とはこういうものか」と感心することしきり。通訳者は相手に正確に意図を伝えることが仕事。それゆえ、己から一歩退いた客観がある。そこには独りよがりの耽溺や文学性(あるいは芸術性)は入りこむ余地がない。非情に明快かつ深遠な真理がすうーっと頭の中にしみ込んでくる。ちなみに私にとって、独りよがりの耽溺や文学性をふりまわしているとおもわれる作家は、失礼ながら大江健三郎氏であり、高橋源一郎氏であったりする。
通訳者も魔法使いではないのだな ★★★★☆
通訳者が必要となる多くの場面ではサービスの受益者としては通訳者の腕前を正確に知ることができない。
それは訳が悪いのか発言者の話し方がそもそも悪いのか判別できないからだ。
さらに、うまい訳に見えていても発言者の意図とはかけ離れた内容になっている場合まである。(これがタイトルにある不実な美人)

もちろん通訳にしても貞淑な美女を目指している。
しかし、通訳という仕事の特性や、通訳をする環境などなかなかそうはいかないもののようだ。

読者としては失敗談や恨み節をまじえながら書かれるエッセイに大いに笑った。
それと同時に、自分が通訳者を使うときには自分のためにも少しは通訳者の立場も踏まえて行動しようと思う。
通訳を目指している人は必読!そして通訳と関係ない人にも ★★★★★
ロシアに詳しい夫から、ロシア語同時通訳者としてこの米原万里さんのお名前を聞いて、ネットで名前で調べて、通訳者だけでなく作家でもあったと知り、早速読んだ何冊かの内のひとつがこれでした。

過去に、「通訳を目指そう」と一度決心して通訳専門学校に通ったこともある私。
なんでこの本を今まで読んでいなかったのか!と今更後悔しました。

通訳として現場に身を置いてきた人ならではの自分の、そしてご友人などから聞いた通訳失敗談(それはもちろん読者にとっては笑い話)がいっぱい。それ以外にも、外国語から母国語に訳すことと、母国語から外国語に訳すことの違いや特長など、「へぇ〜〜」と思う話がいっぱいでした。
「シモネッタ」の称号でおなじみの著者らしく、少々下ネタがらみもあります。

通訳者は周到な準備と現場での百戦錬磨を経てベテランになっていくわけですが、
著者のように若い頃のプラハでのロシア語教育と、その後のロシア語の勉強の継続などの積み重ねがあるほどのひとでも、現場では思いもしなかった聞き違いでまったく違う訳をしてしまったり、その場しのぎで説明的な訳を作ってしまったりするんだなぁ、と、なんだか変にほっとしてしまう部分もありました。そこが通訳という仕事の大変さなのだなぁと思いました。

「古典的な詩と物語」の復権を ★★★★★
 以下のような箇所が心に残った。英検、TOFICなどが普及し、大学入試でも時事的な説明文ばかりが取り上げられている昨今に、「古典的な詩と物語」の復権を説き、現代の「時事的説明文」偏重の風潮に警鐘をならしてくれる本書がもっと読まれることを切に願う。

●通訳者は「交通整理」する=異なる言語間で「同じ文脈」を整える p.224
●通訳者は文学・哲学・箴言・警句を押さえておくこと=ヨーロッパ圏ならギリシャ神話、聖書、イソップ物語。英語圏ならシェークスピア、バイロン、キーツ、ロシア語ならトルストイ、チェーホフ… p. 185
『私は通訳の最中、会議のテーマのいかんにかかわらず、幾度となくまさにいくつもの詩作品の一節に助けられてきた」「遠い昔に覚えた詩の一節の言い回しが助け船になってくれる」 p. 80
●イメージしやすいものは覚えやすい(『家なき子』の主人公のレミが文章を覚えるのに描かれている情景をイメージ化するということを語るエピソードを引用)p. 134
●結論を先に言うこと(「通訳者からのお願い」というリーフレットから)p. 231