消えぬ悪夢が生み出すさらなる悪夢
★★★★★
序文のなかで、著者ケッチャムの本小説にかける、ただならぬ思いが伝わってくる。兵士達がベトナムで何を感じ、どう人生を狂わされ、今もどんな精神で生きてるのかを描こうとする思いが。
主人公はベトナム帰還兵のリー・モラヴィアン。無許可離隊で追われる身であり、同時に自らが正気を失い他人を傷つけることを恐れて森に入り、マリファナを育てて生きている。その生き方はこの世からの消滅を求めるかのようで、リーに連れ添う妻は「私があなたの死体を見つけるような自殺はしないで。」と願っている。そんな妻も新たな子を身ごもった事を機に森を出る。
その森にセレブたちがキャンプにくる。中心人物は作家のケルシーである。彼の成功のきっかけは、記者時代にベトナム戦争に従軍した経験で描いた本で受賞したことである。それにケルシーの妻とケルシーの浮気相手のモデル、エージェントと古い友人、そして野心的なカメラマン。元兵士の苦しみの対極を生きるこのセレブ達が、リーのマリファナ畑を見つけた事でリーの戦いが始まる。
小説の中で視点は変わり続ける。リーの視点からケルシーの視点へそして他のセレブの視点へ。そこにリーのベトナム時代の悪夢が割って入る。恐怖と復讐心で女子供だけの村を焼き尽くしたことや、無邪気な優しさを保ち続けた兵士の最後が蘇る。
リーはボーガンしか持たない。それに対してケルシー達は数丁のショットガンを持っている。
圧倒的な武力を前に自分の領地を守ろうとする戦いは、ベトナム戦争のアナロジーであろう。実際にリーはベトコンの戦術を用いて応戦し、神経戦で相手を追い込んで行く。
リーの回想とセレブたちの恐怖を通してベトナムで戦った兵士達の恐怖を描き、セレブと対比することで元兵士の苦悩を際だたせ、さらにベトナム人の苦悩や怒りを感じさせる。この心理描写は秀逸である。
また、神経戦を描いた本書はスリラーとしても申し分ない作品である。