文章の美しさ、ストーリーの面白さ、そして深い感動の3つがそろったまれな文芸小説
★★★★★
1974年8月、ベトナム戦争のさなかにある男がニューヨーク市の世界貿易センターのツインビルの間をワイヤーで綱渡りした。フランス人の綱渡り芸人Philippe Petitのこの快挙は本や映画「Man on Wire」で知られているが、このLet the Great World Spinでは、Petitは登場人物たちをつなぐ材料でしかない。
登場するのは、アイルランド人の牧師、娼婦の母娘、ベトナム戦争で息子を失った金持ちの主婦、判事、南部出身の黒人女性、…など普通であれば接点がないはずのニューヨーカーたち。そんな彼らが運命の絆で繋がってゆく。
通常の小説ではなく、異なる登場人物を主人公にした短編の形でひとつの小説に組み立てているところが今年ピューリッツアー賞を受賞したOlive Kitteridgeに似ている。白人男性のMcCannが娼婦だけでなく、上流階級の白人女性から黒人と白人のハーフの若い女性の内なる声をリアルに描いていることに感心した。
どの登場人物も悲劇と不運を体験しているが、それぞれに意味のある人生を生きるためにささやかな闘いをくりひろげている。他者から見れば、意味がないような人生かもしれないが、作者はとても暖かな目でみつめている。最後のストーリーですべての登場人物の人生がひとつに繋がり、それぞれの意味をふたたび考えさせてくれる。
リリカルで美しい文芸小説だが、気取った表現がなくて読みやすい。しかし、理解するためにはある程度米国文化や歴史、洋書に慣れている必要がある。