進化する私小説
★★★★★
「ノルゲ」は、私小説家・佐伯一麦が、草木染織家である今の奥さん(つまり後妻)に随行する形で、1年間ノルウェーで過ごした体験を綴った小説だ。佐伯の(現時点での)ベスト作品と断言して良いだろう。
ノルウェーというあまり馴染みのない国を対象とすることで、旅行記的な観点でも興味深く、また異文化論も読みとることができる。また、彼の文学分野、クラシック分野、美術分野に関する幅広い素養/教養も顔を出す。私小説でありながら、そのような普遍性が認められるのである。
また、これまでの作品では、構成や語り口が素直すぎて、やや物足りなさを覚えたが、この作品では、小説全体を通奏するテーマがあり、象徴化やメタフォアといった小説技法が顔を見せる。高校時代に水泳部で同じ五右衛門風呂に浸かった仲間として失礼な言い方を許して戴くなら、佐伯は本作で真の小説家になったのではないかと思う。いろいろな方に読んでもらいたい作品だ。