インターネットデパート - 取扱い商品数1000万点以上の通販サイト。送料無料商品も多数あります。

国連創設史 (山崎雅弘 戦史ノート)

価格: ¥0
カテゴリ: Kindle版
ブランド: 六角堂出版
Amazon.co.jpで確認
一般的な日本人の常識では、自国が関わった先の戦争(太平洋戦争または大東亜戦争)の「終戦」は1945年8月15日(日本政府が前日にポツダム宣言を受諾したことを、天皇がラジオを通じて国民に公示した日)であり、この日を境に「戦後」と呼ばれる時代が始まったと理解されている。

しかし、第二次世界大戦の戦勝国となるアメリカやソ連、イギリス、フランス、中国(中華民国)の首脳たちは、日本政府が白旗を掲げる一年以上も前から、枢軸国(ドイツ、日本およびファシスト体制下のイタリア)の敗北を前提とした「戦後」の世界秩序をどのように構築するかという議題で、活発に国際会議を重ねていた。そして、日本政府が降伏を決意するより50日前の1945年6月26日には、戦後世界における国際関係の基軸となる国際機構「国連(国際連合)」の綱領となる「国連憲章」が、大小併せて50か国もの国々の政府代表者による協議を経て、サンフランシスコで採択されていた。

つまり、日本政府と国民が忸怩たる思いで「終戦」を迎えた時には、地球上の大半を占める国々は既に「戦後」体制を構築する大事業に参加し、活動を開始していたことになる。この、政治的にきわめて重要な意味を持つ「国連」の創設に際し、中心的な役割を果たしたのは、第二次大戦勃発当時の米大統領フランクリン・ローズヴェルトだった。日本語では慣例的に「国連(国際連合)」と訳されている組織名の“The United Nations”も、ローズヴェルトの発案に基づくものだったが、これは第二次大戦中の「連合国(=反枢軸国)」を表す用語の流用(詳細は本文中で記述)であり、同じ漢字文化圏である中国でも「聯合国」との表記がなされている(ただし、原語の語意を正確には反映していないが、本書では読者の混乱を避けるため、慣例通り「国連」と表記する)。

それでは、ローズヴェルト大統領はいかなる現状認識と政治理念に基づいて、この国際機構の創設を各国に働きかけたのか。「国連」とは、何を目的として設立された組織なのか。そして、アメリカ以外の各国政府首脳は、どのような思惑を抱いて、ローズヴェルトの「国連」創設への努力に同調したのだろうか。

本書は、第二次世界大戦の最中に連合国側で進められた、国連の発案から創設に至る政治的経緯を、コンパクトにまとめた記事です。2007年7月、学研パブリッシングの雑誌『歴史群像』第84号(2007年8月号)の記事として、B5判12ページで発表されました。また、今回の電子版刊行に際し、関連する主題を扱う記事「東西冷戦の構図と戦後日本」(ムック『決定版 太平洋戦争』第10巻に掲載)を同時収録しています。

第二次世界大戦後の世界秩序「連合国体制」と、その体制に入った大きな亀裂とも言うべき「東西冷戦」の形成、そして敗戦国日本がどのようにして講和条約と日米安保条約を締結し、戦後の「連合国体制」と「東西冷戦」の構図に組み込まれていったのかを概観できる内容構成となっています。