堕ちる
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「で、どんな奴? どこで知り合ったの?」
祐司は興味津々といった態度で聞いてきた。俺はバーテンから酒を受け取り、一口すすってタバコをくわえた。トイレで出会った、という話をすると、祐司はあからさまに顔をしかめた。
「ハッテン便所? そんなとこで知り合った相手と続くの?」
「場所は関係ないだろ」
「あるよ、そんなところうろつく奴、ろくでもないに決まってる」
「俺だってうろついてたんだぞ」
少なからずムッときて、たしなめてやるつもりだった。だが、祐司は少しもひるまずに続けた。
「だからだよ。山崎さんだって、誰か付き合える相手を捜しに行ったんじゃないだろ」
「まあ、それはそうだけど」
「ハッテン便所っていうのは、みんな遊びに行くところなんだ。そういう気分の男が集まってる。心構えが違うんだ。そりゃ、ハッテン場で出会ってうまくいく場合もあるにはあるだろうけど、便所だろ、ある意味、一番……」
「下、か?」
「そうは言わないけどね」
祐司もタバコをくわえた。俺が火をつけてやる。確かに、同じ二人の人間が出会うにしても、どこで出会うかによっていろいろ変わってくる。だからといって、出会いは出会いだ。きっかけ、始まりにすぎない。そこからどう付き合いを続けていくかによるんじゃないか?
そこまで考えて、かえって不安が深くなった。彼と俺と、どういう関係に落ち着くのか、先が見えない。
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大学卒業後、翻訳業をして暮らしている孤独な男、山崎。ハッテン便所で年下の若い男と出会い、ごく普通のいい関係をのぞむ。しかし若い男は恋人らしい仕草ひとつ見せず、SMじみた行為を迫ってくる……。
初出『バディ』。転落小説。読み切り短編。