ゆっくり,ゆったり,雅な気分で
★★★★★
陰陽師「安倍晴明」とその友「源博雅」が都の闇に挑むシリーズで,今回は8話の短編から成っています。
シリーズも巻を重ねていますが,基本的に話の展開の型は決まっています。
しかし,読み手にとっては,世の常ならざるものに出逢える歓びが,その‘ワンパターンさ’を補って余りあるのです。
今回の特色は,盲目の琵琶法師「蝉丸」にまつわる話が中核をなすことです。
「逆髪の女」で謎が解き明かされています。
このシリーズは「ミステリー」に分類することも可能だと思いますが,一般にミステリーを読む際は,往々にして犯人や結末を早く知りたくなる衝動に駆られます。
しかし,本シリーズでは,そのような衝動を感じることはあまりなく,むしろ,もっとあやかしの世界に浸っていたい気分になります。それは,かつては存在していたが現在は失われてしまった「闇」に対するある種の憧れからでしょうか。あるいは,清明と博雅の限りなく雅やかで,かつ深遠なやり取りの世界―これはもはや彼らの創り出した「結界」とも言うべきものではないでしょうか―に取り込まれてしまいたいという願望の表れでしょうか。
毎回,ゆったりした気分にさせてくれるシリーズです。
また,清明の屋敷の庭に繁る四季折々の草花も,個人的には楽しみな描写です。春先の清々しい花の香り,夏のむっとするような生命力に満ちた草いきれ,秋の露に濡れた草花から立ちこめるしっとりとした芳香―。
このような庭を愛でながらゆっくり酒を味わいたい,そんな気分にさせてくれることも本シリーズを読む楽しみの一つです。
晴明と博雅のやりとりの雅やかな味わい。よいですねぇ。
★★★★☆
春は桜あるいは藤の花が、秋には菊の花が咲き、匂う安倍晴明(あべのせいめい)の屋敷の庭。簀子(すのこ)の上に座した晴明と源 博雅(みなもとのひろまさ)が、酒を飲みながら言葉を交わすうちに、「ゆこう」「ゆこう」そういうことになって、平安の世の都の怪異に出会う話を収めた連作短篇集。『陰陽師 夜光杯ノ巻』以来となる、二年半ぶりのシリーズ最新刊。相変わらずのゆったりと雅やかで、ほろほろと親しみながら頁をめくってゆくことのできる心地よい空気感。もったいないけれど、あっという間に八つの収録作品を読んでしまいました。
今回は、盲目の琵琶法師、蝉丸(せみまる)が登場する作品が多かったですね。彼が弾く琵琶の音(ね)が、月明かりと花の香のあわいに嫋嫋(じょうじょう)と響く中、博雅の吹く葉二(はふたつ)の笛が、ほろりころりと和する調べの美しさ、合奏の酔い心地。何とも言えず、良いですねぇ。このふたりの妙音にもうひとりの楽器が絡んでトリオとなり、満月が冴え返る秋の天に三つの楽の音が溶け合い、響き合う作品に魅せられました。「霹靂神(はたたがみ)」の一篇。十頁ほどの掌編ですが、これ、よかったなあ。
初出掲載は、以下のとおり。
「瓶博士」「器(うつわ)」「紛い菩薩(まがいぼさつ)」「炎情観音」「霹靂神」「逆髪の女」「ものまね博雅」が、『オール讀物』の2008年2月号〜2009年6月号にかけての掲載。最後の「鏡童子(かがみどうじ)」が、『京都宵―異形コレクション (光文社文庫)』所収の作品。
これからも、ずっと続いていってほしいシリーズ。次の巻をまた、楽しみに待つことにしましょう。