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『西遊記』と『易経』

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カテゴリ: Kindle版
ブランド: 西孝二郎
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※この作品は、1997年刊『「西遊記」の構造』の第七章『「西遊記」と「易経」』を大幅に書き改めたものです。

☆『西遊記』と『易経』☆

『西遊記』の第六十五回で、黄眉大王の鐃鈸(にょうはち)の中に閉じ込められた悟空が、次のような呪文を唱える。

  唵藍静法界(オーンラーンじょうほうかい)
  乾元亨利貞(けんげんきょうりてい)!

この「乾元亨利貞」は、『易経』1番目の卦「乾」の卦辞である。

『西遊記』の一つ一つの回には、『易経』の六十四卦が順番に当てはめられているのではないかという単純な推測をすれば、この第六十五回は、六十四卦を一巡りして、また最初の「乾」に戻ったと考えられるところである。そこにおいて、実際に「乾」の卦辞が引用されているということは、この推測はひよっとすると当たっているのではないだろうか。

さらに、次の第六十六回を見てみよう。この回は「乾」の次の「坤(こん)」(易の2番目の卦)であることが予想されるところである。
『西遊記』第六十六回では、黄眉大王によって危機に陥った悟空たちを、西南の方角から現われた南無弥勒が救ってくれるのであるが、このことは、「坤」の卦辞「西南に朋を得る」に合致するものだと言えそうである。
また、妖怪黄眉大王の武器は、その中に何もかも吸い込んでしまうという袋で、最後には妖怪の方がこの袋に閉じ込められてしまうのであるが、この袋は「坤」四爻の「囊(ふくろ)をくくる」(袋の口をくくる)に結びつくものである。

このように、第六十六回には「坤」に合致する部分が見出せる。したがって、やはり『易経』と『西遊記』の対応関係は確かにあるに違いない。

すなわち、『西遊記』のそれぞれの回は、易卦と対応している。『西遊記』第一回には『易経』1番目の「乾」、『西遊記』第二回には『易経』2番目の「坤」、『西遊記』第三回には『易経』3番目の「屯(ちゅん)」……というような対応があるのだ。

そして、『西遊記』第六十四回と『易経』64番目の「未済(びせい)」が対応した後、易は六十四卦しかないから、『西遊記』第六十五回には、『易経』1番目の「乾」が再び対応し、『西遊記』第六十六回には『易経』2番目の「坤」が……という具合に二巡目の対応が始まるのである。

このような対応の分かりやすいところを、以下にいくつか挙げてみよう。

易1番目は「乾」で、これは天・空を意味する卦である。
一方、『西遊記』第一回では、孫悟空が、その「空」という文字を含む名前を、須菩提祖師につけてもらったのだった。

易2番目は「坤」で、これは地を意味する卦。
一方、『西遊記』第二回では、須菩提祖師のもとで修業に励んでいた悟空は、変化の術は天罡(てんこう)と地煞(ちさつ)のどちらがよいかと尋ねられた際、地煞を選んだのだった。

易5番目は「需(じゅ)」で、その象伝には「君子もって飲食宴楽す」、序卦伝には「需は飲食の道なり」とある。
一方、『西遊記』第五回は、この「需」の意味通りに、宴会と飲み食いの場面に満たされている。

易7番目は「師」で、この卦には戦争・軍隊という意味がある。
一方、『西遊記』第七回では、悟空が大暴れし、神兵達との戦いとなるのであり、この場面だけで、「師」の表現となり得ている。

易12番目は「否」で、その卦辞には「大往き小来たる」(大の道が消えて、小の道が長じる)とある。
一方、『西遊記』第十二回では、玄奘が説法をしているところへ、疥癬(かいせん)禿げの二人の僧侶が近付いて、そなたが説いているのは小乗の教えである、大乗の教えを説くことはできないのかと尋ねたのだが、玄奘は、それに対して、当今の僧侶たちが説いているのは全て小乗の教えであり、大乗の教えが何たるかは知らないと答えたのだった。
小乗のみがあって、大乗の教えが知られていないという玄奘のこの言葉は、まさに「否」卦辞そのものである。

易26番目の「大畜(たいちく)」は強く引き留めるの意。
一方、『西遊記』第二十六回では、玄奘三蔵一行は、神通力広大な鎮元大仙によって引き留められて、出発できない状況に陥ったのであり、これが「大畜」そのものである。

易29番目の「習坎(しゅうかん)」は、穴に陥るという意味で、その上爻には「つなぐに徽纆(きぼく)を用い、叢棘(そうきょく)におく」(縄で縛り上げられ、茨の中に置かれる)とある。
一方、『西遊記』第29回においては、三蔵がさらわれて、洞窟の中に連れて行かれ、縄で縛られる。そして、脱出後には、いったん茨の中に身を隠したのであるが、この展開はまさしく、穴の意の「習坎」とその上爻そのものである。

易35番目の「晋」は坤下離上、火(離)が地(坤)の上に現われるという象を持つ卦である。
一方、『西遊記』第三十五回では、悟空と戦っていた金角が、芭蕉扇(ばしょうせん)という宝物を使って、地上に凄まじい炎を起こしたのであり、この場面が「晋」に合致する。

易39番目の「蹇(けん)」は、卦辞に「東北によろしからず」(東北に行けば道が窮する)とある。
一方、『西遊記』第三十九回には、東北に逃げた妖怪が、悟空に追いつかれ、形勢不利となって再び宮殿に引き返した、という場面があり、これがまず「蹇」に合致する。
さらに、その妖怪は、東北から現われた文殊菩薩によって一喝され、本相である青毛の獅子の姿に戻されて連れ帰られるのであり、これも(妖怪にとっては)東北で道が窮したと言えるものであり、「蹇」に合致する場面である。

易44番目は「姤(こう)」で、その初爻には「金柅(きんじ)につなぐ」(金属の車止めにつないで、車を動かないようにする)とある。
一方、『西遊記』第四十四回には、車遅国(しゃちこく)という所で、五百人の僧侶が引いている重い車が、難所に差しかかって動かなくなっているという場面があり、これが、「姤」初爻と結びつく。

易の46番目の「升」は、高いところに昇るという意味で、その象伝には「小を積みてもって高大なり」とある。
一方、『西遊記』第四十六回では、妖怪道士たちが、テーブルをたくさん積み上げたてっぺんに昇って座禅をして、長く座っていられる方の勝ちという勝負を提案するのであり、この勝負の方法が、「升」象伝に基づいていることは明らかである。

易47番目は「困」で、その卦辞には「言うことあるも信ぜられず」とある。
一方、『西遊記』第四十七回では、三蔵が一夜の宿を借りるべく訪ねた民家で、自分は東土大唐からやってきた旅僧であると述べるのだが、その家の主人は、そんな遠い所から一人でやってこれるはずはない、出家の身ででたらめを言ってはいけないと言って、三蔵の言葉を最初信用しなかったのであり、これがまさに「困」卦辞に合致する場面である。

易51番目の「震」は震下震上、雷を意味する八卦の震が二つ重なってできる卦である。
一方、『西遊記』第五十一回では、悟空が天界に赴き、妖怪を倒すための援軍を頼んだ際、二人の雷公を一緒に連れて行くことにしたのであり、この二人の雷公が、震下震上の「震」を象徴するものであることは間違いない。

易53番目の「漸」は、三爻に「婦、孕みて育(やしな)わず」(婦人が子どもを孕んだが育てない)とある。
一方、『西遊記』第五十三回では、三蔵と八戒が、子母河の水を飲んだために妊娠してしまったのだが、悟空が落胎泉の水を飲ませて堕胎させたのであり、この場面が「漸」三爻に合致する。三蔵たちは婦人ではないけれど、それはまあいいであろう。

易54番目の「帰妹(きまい)」は、結婚に関する卦であり、しかも、女性の方から男性に言い寄るという意味の卦である。
一方、『西遊記』第五十四回では、三蔵が、西梁女国の女王に結婚を申し込まれるのであり、これが「帰妹」を端的に表わした場面である。

易57番目は「巽」で、その初爻には「進み退く」(志が定まらず進むか退くかの決断ができない)とある。
一方、『西遊記』五十七回冒頭では、追放された悟空が、考えてみても行くあてどがなく、どこに行くかの決断ができないまま、空中に突っ立っていたのであり、これが「巽」初爻そのものである。

易63番目の「既済(きさい)」は、その上爻に「その首を濡らす、あやうし、何ぞ久しかるべけんや」(その首を濡らしていて危険であり、そう長くはもたないだろう)とある。
一方、『西遊記』第六十三回では、九頭虫という妖怪が、腰から出した頭を犬に噛み切られ、首からたらたらと赤い血を流して逃げていった際、八戒はそれを追い掛けようとしたが、悟空は引き止め、どっちみち奴はおだぶつだと言ったのであった。この場面は、明らかに「既済」上爻に基づいたものである。

……易は64卦しかないので、『西遊記』第六十五回には、再び易1番目の「乾」が対応する、というのは前述の通りである。第六十五回以降はこの二巡目の対応が続いていく。

二巡目の対応では第九十八回に、易34番目の「大壮」が対応するが、この「大壮」は乾下震上、下に天を意味する乾があり、上に雷を意味する震がある、という形の卦である。
一方、『西遊記』第九十八回では、三蔵一行が、ついに釈迦如来のいる西天雷音寺に到着するが、この「西天雷音寺」は天と雷の組み合わせであり、まさに「大壮」と合致する名前である。