倶舎論を簡単に知りたい方に
★★★★★
アビダルマを日本語で概説した入門書が殆ど存在せず、また存在したとしても仏教的ジャーゴンのオンパレードで結局何が言いたいのか理解できない本ばかり、という状況の中、本書の存在は極めて貴重である。
「煩瑣哲学」とさえ言われるアビダルマを仏教用語抜きで解説することは不可能であるけれど、難解なアビダルマ哲学を可能な限り一般人にも分かる形で解説しようとする努力自体が素晴らしく、実際その努力はかなりの程度で報われている。アビダルマとは何ぞや?と思われる方々に、ぜひ一読をお勧めする次第である。
大事なことは、こういった書籍が文庫の形で一般の方々にも入手しやすい形と価格で再版されたことであり、出版社の英断にも敬意を表したい。
なお、アビダルマ哲学といっても本書はヴァスバンドゥ(世親)の『倶舎論(アビダルマコーシャ)』に拠った概説である。
類書がない。
★★★★☆
俗に「唯識三年、倶舎八年」という。「桃栗三年、柿八年」をもじった言葉だが、唯識と倶舎は仏教の基礎学とされている。本書ではそのうちの一つ、「倶舎」を中心にアビダルマ仏教を論ずる。アビダルマとはダルマ(仏陀の説いた真理)についての研究という意味である。釈迦滅後百年経つと仏教教団は分裂を始め、部派仏教の時代となる。各部派は競い合って釈迦の教説を理論化・体系化した。それがアビダルマである。
アビダルマの白眉と言うべきものが説一切有部に属していた世親(ヴァスバンドゥ)の著した「アビダルマ・コーシャ」つまり「倶舎論」である。世親はこの書を著した後、大乗仏教に転じ、主に唯識説を確立する。従って、唯識説は倶舎論を土台としており、部派仏教と大乗仏教の接点ともいえるのである。
八年かかる(?)というアビダルマの要点をわかりやすく、コンパクトに解説してもらえるのはありがたい。しかも文庫本という手ごろな形で出されているものはほかにないと思う。「大毘婆娑論」にあまり触れていないのは残念。ま、しかたないか。
アビダルマをこのシリーズに入れようとこだわったのは上山春平氏だという。発行者の角川源義氏は一遍を入れたかったのを断念してアビダルマに一巻を割く決断をしたという。この決断が貴重な本書の成立につながったのである。