旅情もあり、哀愁を感じさせる見事な筆運び
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京都をテーマにした推理小説は沢山出版されていますが、売らんかなという姿勢と安易な内容のものが多く信頼にたる小説が少ないと日頃から感じています。京都の描き方も類型的で、舞台を京都にしているだけという小説に辟易していたのも事実です。
ただこの柏木圭一郎氏の本作は類書とは全く別物です。見事な読後感をもたらしてくれた内容でした。理髪店での会話やある登場人物がラストに語ったセリフに不覚にも涙した自分がいました。たかが推理小説ですが、されど推理小説だと思います。
『京都鴨川哀愁の殺人歌』というタイトルも内容の重さを表していました。伏線の張り方、謎のメッセージなど、最後まで読者を引っ張っていく筆力はたいしたものです。本作が柏木氏の推理小説第3作にあたりますが、並みの「新人作家」とは比較にならない円熟味を感じます。
柏木氏の本名は柏井壽さんといい北区で歯科医院を開業されている生粋の京都人です。すでに京都に関する著作が何冊もあり、蘊蓄と知識の詰まった情報量あふれるエッセイを数多く編み出しています。文章が巧みで、随筆でもワクワクするような気分に包まれる内容を書かれており、小説でもその文の冴えは見事なものだと感じました。
柏木氏は京都のコーディネーターでもあるわけですから、盛り込まれている京都の街の描写や料亭の雰囲気、B級グルメに至るまで、体験に基づいているのが如実に伝わってきます。星井裕、小林健、安西美雪という「名探偵・星井裕の事件簿」の登場人物は魅力的ですし、語られる内容にも同感することが多いので安心して読み進められる小説です。