読み終えるのが惜しくなるような見事な筆運び
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鬼籍に入られた久世光彦さんが亡くなる寸前まで「オール読物」で連載されていた「遊びをせんとや生れけむ」と「新・調査情報(株)TBSテレビ」に掲載された「極上の暇つぶし」を死後に1冊にまとめられたのが本作品です。
芸術選奨文部大臣賞受賞の名演出家としての誉れが高かっただけでなく、山本周五郎賞、泉鏡花文学賞受賞のエッセイストですから文章の巧さは当然なのですが、読み進めるたびにその筆力の確かさと読み手を魅了する文の輝きに引き込まれていきます。
テレビ・ドラマ制作の裏話や逸話が興味を惹きますが、そこに登場する人物への視線の温かさがストレートに伝わってきます。多くの人との関わり中で生きてこられたからこそ、これだけのエピソードを体現してこられたわけです。それだけでも素敵なエッセイになるのに、文章の巧さが際立つからその描かれる世界の奥深いところに何があるのだろうと休みなく読み続けてしまいます。
ドラマ「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」での裏話は一連のドラマをリアルタイムに見てきた世代にはお宝のエピソードが綴られています。浅田美代子の「赤い風船」、さくらと一郎の「昭和枯れすすき」、日吉ミミの「世迷い言」などの劇中歌のヒットの陰にこんなことがあったのか、と知ることができました。
希代の名文家であり、まれに見る感傷家であった久世氏の文をもっと読みたいと思っていますが、それが叶えられないのが残念です。文章を書くこと、そしてその技術を学ぶ上で避けて通れない作家の1人だと評価しています。エッセイストとしても卓越した作品を作り続けてきた久世氏のラスト・メッセージとも言うべき作品でした。