わが子だけは明るいにぎやかな人間の街で育ってほしいと、冷たく暗い北の海に住む人魚の母親は願い、子どもを神社に捨てた。その赤ん坊を拾ったのは蝋燭(ろうそく)つくりの老夫婦。神さまからの授かりものと大切に育てたが、よこしまな香具師についそそのかされ、美しく成長した人魚の娘を見世物に売り飛ばしてしまう。哀れな娘が最後に残した3本の赤い蝋燭を取り戻しにきた、人魚の母の復讐は…。
人間というものへのかなしみが漂うこのお話を、酒井の絵は浄化している。幼児の心をつかんだあの『よるくま』のイラストとは異なる、こんどは奥行きある絵画性で。人魚の皮膚や貝殻、蝋燭の炎や嵐の翌朝の空の色、みな暗い闇から差す光のように見えてくる。黒く塗りつぶされた背景に、赤、青、黄の三原色を基調にした抑制された色づかいが、色とは光でもあったのだ、とあらためて気づかせてくれる。(中村えつこ)