大正時代の貧困と現代の貧困を比べてみよう
★★★★☆
貧乏の実態、貧乏の原因、貧乏の根治法に分けて、貧乏を物語り、英国の政治家ロイド・ジョージを付録で紹介する。
本書は、大正6(1917)年に発行され大変よく売れたらしい。第1次世界大戦が勃発、株価暴落、米価高騰が起こり労働争議も頻発し、翌1918年には米騒動が起こった時代である。それから90余年経った今現在、新たな形態の貧困が問題になっているが、本書を読むとその実態、原因には当時と共通するものが多いと感ずる。しかし、その解決法に関しては、富者の奢侈贅沢を抑えることを第1にあげており、この点は、深化の不足を認めざるを得ない。わが国と河上の経済学の到達度を示しているのであろうか。とはいえ、本書では、自身の学問的知識・経験に基づく独自ユニークな分析により貧乏を分析しているが、それらを明快に理論として展開しており読んで実に分かりやすい。河上は、この後、マルクス主義の摂取に努め「第二貧乏物語」を書くこととなる。そのあたりは、巻末の林直道の解説に詳しい。
河上の原本は、文語調の格調高い文章からなるが、現代の若者には読みやすくない。そこで今回の版では、読みやすくするため、言葉遣い、特に漢字を現代風に改めている。例えば、「如何にして貧乏を根治し得べき乎(下篇)」が「いかにして貧乏を根治しうべきか(下編)」などである。そのため、文字が大きいこととあわせ読みやすくなっている。
古き良き経済倫理書
★★★★☆
河上肇氏に興味を持ったので読んでみました。まあ御本人の事はさておき,この本は名著の部類だと思います。難点は1917年が初版で,文体が読めないほどではないが,やや古い点ですかね(古典的昭和語)。著作権が切れたそうなので,誰か現代文にしてくれないかな。
内容は貧乏をテーマに経済学者的切り口でイギリスを題材に富んだ国における貧困をどこからが貧困なのかという定義を行い,貧困線を引き3階層に分けてマクロ社会的に考察し日本とリンクさせている。面白かったのは学校給食の話で「パンの後には教育が国民にとって最も大切」や「多数貧民の児童は,食物さえ改善してやればその他の生活状態は元のまま放置しておいても十分な効果をあげる」というイギリスの実験結果の話から社会福祉への適用拡大や生活必需品の生産性が貧困をなくす話,またアダムスミスに対する考察で,「富なるものは人生の目的を達成する一手段なのだから,必要なのは一定限度で無限ではない」「貨幣による富の価値は人生上の価値と等しくない」などの意見や貧乏な者に対しての倹約論は進歩・発展の視点からいっても好ましくなく,富める者への倹約論は,人を助ける事(貧しい者の邪魔をしない事)に繋がり意味がある等等,今時のデコレーションの多い経済本に比べ経済人としての心構えがシンプルに記述されていて好感が持てた。
問題発見の手引き書
★★★★★
凡百の経済学書を繙くよりも,この一書を読んだほうが経済学がよく分かる。大正時代に書かれたものゆえ,記述内容は現代にそのまま当てはまるというものでは勿論ないが,経済学が社会哲学を基礎にした歴史的洞察に導かれている点がなかんずく重要なところだ。河上いわく,「教育の効果をあげるためには,まず教わるものに腹一杯飯を食わしてかからねばならぬ。」それでは問うが,今日,腹一杯飯を食わせても教育の効果が上がらないのは一体なぜか。実に本書は問題発見の手引き書である。