倉橋由美子の結婚
★★★★☆
倉橋由美子作品を読むようになって、20年は過ぎた。倉橋は故人となり、私の倉橋に対する気持も、十代の頃の熱狂と崇拝からは随分遠くなった。冷静に読めるようになってから特に気になるのが、結婚前と後の作風の変わりぶりだ。結局倉橋は、“独身の文学少女のなれのはて”という、一般的な女流作家のイメージで見られる事を、極度に恐れたのか、と思うようになった。特に彼女のような、前衛的な作品をものする女は、頭でっかちで女性としての(特に性的な)魅力に著しく欠けると見られたろうから。それは現在でもあまり変わらない傾向だろうが、多くの女流作家の様々な生き方を知ってしまった今の私としては、いかにも虚しい感じだ。桂子さんものをはじめとする後半生の作品も楽しめるが、やはり何かが足りない。それは女に生まれてきた事への怨み、しかも小説を書かずにいられない女を理解出来ない世界への呪いだろう。結婚し、作家活動は余技、と言い訳がたつようになってからのテンションは、はっきり言えば物足りない。この作品が出版されて3年後に倉橋は結婚する。結婚後最初に発表した長編「聖少女」を倉橋は最後の少女小説と呼んだ。私は倉橋に生涯、少女小説を書いて欲しかったけれど。
繰り返し読んだ「暗い旅」
★★★★☆
謎の失踪をした恋人 “かれ” の行方を探す物語りです。
そしてこの物語りは2人称である『 “あなた”=主人公 』を軸として語られ展開されていきます。
鎌倉駅で光明寺行きのバスを待つ“あなた”の描写から本書は始まります。
物語の舞台はオーネット・コールマン(サックス)+ドン・チェリー(トランペット)の、『心を引き裂かれるような旋律』が印象的な「哀しい女」の流れる1960年代の新宿のジャズ喫茶、そして当時の吉祥寺や古都鎌倉、京都を舞台に展開していきます。全編に筆者自身の偏愛なのだろうか、モダン・ジャズやフランス文学、ギリシャ神話からの引用などが60年代の光景と渾然一体となります。そしてノスタルジッックな「どこにもない60年代」の淡いフィルムを見ているような気分にさせてくれることでしょう。
物語りの根底に流れる“あなた”の『底知れぬ不安』と、時には読者でさえも標的となってしまう“著者独特のペシミズム”、それらを覆い包む今にも流れてきそうなモダン・ジャズの描写が印象的です。
「小説とは上手な嘘をつくこと、そしてつかれることを心から楽しむこと・・・」それが作者の意図とするところならば、「外国小説の模倣」と言われることすら計算ずくであったのか?、或いはそんなことを言う人間は蔑(さげす)むにも値しないのか?・・・・・
私は、旧かな使いの本書を繰り返し何度も何度も読みました。そして後にアール・ヌーボーやアール・デコを愛でるようになりフランス文学、モダン・ジャズに傾倒し心酔するようになりました。本書に出会い、本書の世界に浸ったことが始まりでした。