ドイツのベテラン作家が贈るヒューマンストーリー
★☆☆☆☆
ドイツ出身の作家,ジークフリート・レンツが77歳にして上梓した長めの中編小説。
詩的でしんみりとした前作『アルネの遺品』とは打って変わって、こちらはどことなく職人的な筆致の、比較的明るい印象(邦訳による)の作風。
この作品がドイツ国内で映画化されたら案外面白い出来になるかもしれないが、小説としてはアクセントに乏しい感もある。
淡々とした素朴なストーリーが好みという人にとっては一読に値するかもしれない。
設定がいい
★★★★☆
ドイツ北部の都市の駅構内の遺失物管理所に配属された若い男の経験する様々な遺失物にまつわる話。
これは、例によって〈設定の勝利〉です。珍妙な落し物の数々、その落とし主たちがかいま見せるそれぞれの事情と人生、そういうバリエーションを次々に展開できるわけだから、なんとも心憎い題材ではないでしょうか。素直で元気が良くて心優しい人物が仕事を通して成長していく様子を克明に描いて、好感が持てます。社会の暗い面もいくつか描かれはしますが、爽やかな読後感が嬉しいです。
作者は練達の老作家で、77歳にしての書下ろし作品だそうで、いまだ健在を示したと言います。非常に読みやすい楽しい小説でした。
小説の舞台は面白いのだけれど
★★☆☆☆
翻訳小説を読んでいて、こんなに外国との隔絶感を抱いたことはなかった。主人公である24歳の青年の言動を目の当たりにするたびに、その常識感覚、倫理観みたいなものを疑い、あまつさえ苛立ちさえこみ上げてくる。同僚たちも呆れることは呆れるのだが、次第に「天真爛漫」「無垢」みたいな幻想を作り上げて大団円を迎えるがごとく彼を認めて受け入れていくのも違和感を禁じえない。題名にもなっている鉄道駅の「遺失物管理所」でのドラマが中心に据えられていくのかなと思っていたら、そういうわけでもない。遺失物にまつわるドラマも尻切れトンボな展開のものが多く、ほかのエピソードも「えっ。それで終わっちゃうの」という素っ気なさがある。ロシアから訪れる若き博士が思いのほか本篇に出張ってくるために、物語の本筋が明後日の方向に迷走している気がしてならない。あまりおすすめできないと思う。
何かあるようで何もない
★★☆☆☆
タイトルから、遺失物から広がる人情物語のような気がしたが、そうではなかった。
主人公を含めてなかなか魅力的な人物が登場し、楽しみな要素もいろいろ出てくる。
のに、結局色々な出来事が起こりそうでいて、ほとんど何もおこらないまま物語が終わる。
物語が始まるようではじまらないまま終了してしまったような印象。
文体は悪くないと思うんだけど・・・・。
自分を遺失物だと思ってる人も、誰かが拾って届けてくれてる場所があるかもしれない
★★★★☆
タイトルと各種書評に目を通すと、“物にまつわる人間ドラマ”といったステレオタイプなストーリーを思い浮かべるかもしれない。それも一面では当たっているけれど、この小説の魅力は主人公のヘンリーにある。
物語は24歳の青年ヘンリーが遺失物管理所に着任するところからはじまる。これまでの人生でうまく居所を見つけられなかったヘンリーはこの職場をすっかり気に入ってしまう。曰く、“遺失物管理所ほど気持ちのいい職場はないし、楽しいし、おまけに想像力も刺激されます”。
育ちが良く、一見オプティミストに見えるヘンリーは、周りから「いつも思いつきに従って行動してる」「あなたは何でもお手軽すぎる」「ずいぶん自分が偉くて啓蒙的だと思っている」と揶揄されることもあるが、明るく人懐こくて、みんなの人気者である。そして実際のところ表面的な仕草とは裏腹に、結構深く物を考える“想像力”を持った奴なのだ。
辺境出身ということだけで差別される同年代の数学者や、思い出にすがって生きる同僚の老父、自らの存在感を轟音と暴力にしか見い出せない街の暴走族...そうした弱者への眼差し、シンパシー、一方で権威や出世にまったく興味を示さないって辺りもヘンリーの魅力である。
ヘンリーは世間に収まりの悪い自らを“遺失物”になぞらえるくだりがあるが、ヘンリーの一見能天気でピュアな心情も、多くの人々が失ってしまった“遺失物”なのかもしれない。
全編を通して軽妙洒脱な会話が登場し、いつまでも読んでいたくなるような居心地の良い小説である。遺失物の持ち主であることを証明してもらうための“お約束シーン”(芸人にナイフ投げをさせたり、子どもに笛を演奏させたり...)も楽しい。