著者と共に様々な自然の「崩れ」が味わえる貴重なエッセイ
★★★★☆
著者72才の時の作品。安倍川の崖の崩落跡を見た事をキッカケに、「崩れ」に取り憑かれたような著者の自然への脅威・畏敬の念と、それに纏わる人間関係を練達した文章で綴ったもの。
とにかく著者は多くの崩落跡を良く歩く。第一印象が大きかったのであろう。科学的分析などでは無く、著者の見聞・印象を活写する。崩落現場だけではなく、行程上の樹木や水流や岩道なども木目細かく描かれる。崩落現場ながら、読む者に美しさを感じさせる程である。そして、崩落の原因にある種(地盤、水はけ等)の"弱さ"を感じたり、「崩れ」を描く事によって、その土地の人々が従来持っている人間関係の「崩れ」を固定してしまう事を恐れる(結局は描いてしまうのだが)。「崩れ」の観察旅行の帰り、娘夫婦の家を訪ねると、服装について心配される(著者はそれまで和服専門、旅行はズボン)シーンがあるが、著者は「崩れ」と自身の老いとを重ねているのではないか。 それにしても、著者の描写は瑞々しい。まさに少女のような好奇心と清新さ溢れる感性で、自然の峻烈さを映し出している。しかも、自然を"恐れて"いるのではなく"畏れて"いるのである。"木花開耶姫"の話も二回出て来る。後半は、崩落と言うより噴火や土石流の話になるが、これも広い意味での自然の「崩れ」であろう。
本書を単なる老人の「見てある記」と峻別しているのは、「崩れ」に焦点を当てて自然と対峙しているからであろう。自然の「崩れ」に着眼した文学者と言うのは珍しいと思う。著者と共に様々な自然の「崩れ」が味わえる貴重なエッセイ。