並外れた手腕で描かれた修羅場
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この巻でのひとつの修羅場は、85頁から109頁にかけてのユリアヌスの皇帝叛逆罪容疑の裁判の場面だ。彼に濡れ衣を着せて合法的な暗殺を目論む侍従長エウビウスと廷臣達は、買収した多くの偽証人を使って審問を有利に進めていくが、ユリアヌスの真実を見抜いた鋭い弁明は無実を主張して譲らない。そこに彼の証人として現れた旧知の女軽業師ディアの果敢な反駁と、なりふりかまわない心情を吐露した証言は裁判の成り行きを逆転させてしまい、傍聴席は騒然となる。一方法廷に列席している皇后エウセビアはユリアヌスへの密かな愛の為に、ディアに対する火花を散らす激しい嫉妬に苛まれる。更にコンスタンティウス皇帝の下す無罪判決と仲間の失態に、やり場の無い憤怒と失望を隠せない侍従長、そして死罪から放免され放心状態のユリアヌス。ここでは裁判中に同時進行する各人各様の喜怒哀楽の人間模様が、ものの見事に描写されている。この裁判の場面は完全に辻邦生氏の創作に違いないが、読者はあたかも実際にその場に立ち会っているかのような、のっぴきならない緊張感や小気味良い興奮を味わうことができる。このあたりの著者の手腕は並外れたものだ。
皇后エウセビアとの出会いからユリアヌスがガリアで地歩を築くまで
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この小説の素晴しさは(上)のレビューで述べた通りだが、本巻も劇的な場面の連続でぐいぐい引き込まれる。最大の山場はユリアヌスに疑念を抱いた皇帝コンスタンティウスがユリアヌスを召還し、一方的な裁判であわや兄ガウスと同じ運命を辿る直前までいく、ユリアヌス最大の危機を迎える場面。それをどう乗り越えたかは読んでのお楽しみ。ユリアヌスはやがて副帝に任ぜられ、コンスタンティウスの取り巻きの妨害にあいながらもゲルマン人との戦いに勝利し、ガリアに地歩を築いていく。本巻に華を添えているのが、皇帝コンスタンティウスの皇后エウセビア。エウセビアとユリアヌスの出会いの場面の美しさは筆舌に尽くし難い。「ローマ人の物語」第14巻ではエウセビアのユリアヌスに対する働きかけについて簡単にコメントするにとどめていたが、小説家はどのように創作の翼を広げたか、是非読んで確かめてください。1人の女性の愛と嫉妬の物語が展開されます。その他、キリスト教に無関心になっていくユリアヌスが召還される途中で古代ギリシャの英雄の墓所を訪れる場面等名場面に事欠かない。読者は本巻の虜になること間違いなし。「ローマ人の物語」シリーズの読者ではない人にもこの日本文学史に不滅の足跡を残す作品を是非一読することを薦めます。
昭和の最高傑作の一つ
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この作品は昭和の最高傑作の一つと言って間違いない。
とにかく読んでみて。絶対後悔させません。