愛しているからといってすぐに肉体関係になってしまう人ばかりではない。
★★★★★
神社のこま犬の「あ・うん」のように
空気で相手の心情が理解できるほどの
固い友情で結ばれた門倉と仙吉。
親友の妻を想い続ける情熱を
抑えて抑えて,快活にふるまう門倉の心情がせつなく胸に痛い。
それを知っていて静かに受け入れる仙吉と妻たみ。
昭和初期の世相を背景にそれぞれの心の揺れと葛藤を
丁寧に紡いでいく。
愛しているからと言って
すぐに肉体関係になってしまう人たちばかりではない。
こんな風に胸に秘めたまま見守る愛があっていい。
誰が欠けてもいけない三人のあたたかい関係。
心に沁みいる向田さんの筆致。
人生は捨てたものではない。
こんなあったかい人達がいるから生きていけるのではないか。
そう教えてもらった大切な大切な一冊。
過去に読了。再読。
暗い時代を軽快に描く
★★★★☆
解説で山口瞳氏が書いているように戦争へと向かう暗い時代が背景だが、いやはや、実に軽快な筆の運びである。特に重大な事件とかがあるわけではないが、さまざまなエピソードが次から次へととんでいく、跳ねていく。テレビドラマは見ていないのだが、作者が作者だけにもうドラマ(あるいは映画)の場面が明瞭に思い浮かぶ。心理描写がほとんど最小限度に留められているのも、いかにも映像向きである。
中心になるのは二人の男と一人の女だから、一種の三角関係ではあるのだが、この設定がまた普通ではなくとぼけた感じだ。それに夫婦の娘を始めとする他の人たちが絡んでくる。それらの登場人物たちが、みんな何とも魅力的に描かれているのだ。
執筆は作者が飛行機事故で亡くなる直前の1981年だから、40年以上も前のことが書かれていることになる。子どもの頃の思い出(作者は1929年生まれ)も反映されているのだろうか。
『あ・うん』の時代背景が要請する読み
★★★★★
物語の背景は軍の横暴によって国の基本が崩れて行く時代である。設定された時代から読み取れるものは、微妙な均衡を保つ二家族の関係も同時に崩壊して行くべき必然性である。ではなぜ物語がこの時代におかれなければならないのか。それはこの話が維持不可能であることを予め提示しておきたいからである。
その崩壊の過程が仙吉の精神的堕落にもとずくことが作品の一つの特色である。1930年代は軍需バブル期であった。そのことを覚醒している角倉は、稼いだ金を汚物を撒き散らす如く浪費する。景気がうさんくさいものであることを、「寝台戦友」の仙吉に示す警告でもある。だがしがないサラリーマンにすぎない仙吉は、時代が見えず、次第に自分もそのおこぼれに与りたいと考えるようになり、角倉に対する相対的独立性を失ってゆく。
クライマックスは、仙吉が娘さと子の恋人義彦を財閥系製薬会社の御曹司と知って、彼女を嫁がせ親子相乗りするのも悪くないと考える場面である。その二人の仲も「治安維持法」という時代の産物によって破局を迎える。
もうひとつの特色は、物語が女たちを中心に据えながら、彼女等の無力さを隠さないことである。事実さと子を除く女性全員を削除しても物語の大筋に変更はない。これが30年代の女たちが置かれている、政治からの疎外状況であり、女たちが自己中心的な視点しか持ち合わせのない理由である。特にたみは、男二人を手玉にとっている積りで、仙吉が自らの回復を賭けた南方行きを、「ジャワには行かないだろう」としか考えられない自分に都合の良い見識しか持たされていないのが一層哀れである。
山本夏彦は
★★★★★
向田邦子の作品を読めば、巷間言われている、戦前は真っ暗で、不幸な時代だったというのが
嘘なのを証明するといっていったが、この本の解説の山口瞳は全く逆の捉え方をしているのが
興味深かった。曰く、この作中の人物たちのように、戦前の一般市民は何もわかっていなかったと
で、私の感想はと言うと限りなく山本氏の考えに共感する。これが私たちが習ってきた戦前の時代を
描いたものかというほど、作中には終始一筋の明るさのようなものが漂っており、
それが心地よい。
精神面が豊かな時代だったんだなと改めて思う。
ある種のファンタジー
★★★★★
向田邦子の本を読むのは初めてだ。登場人物達の間の「距離感」が斬新だった。
戦前の主人公達である二人の男性の距離は21世紀の僕には聊か理解しがたい程の近さである。それは彼らだけではなく 彼らの家族も含めて その「密接」の「度合」には驚く。
但し そんな「密接さ」が 暑苦しくないことが 本書の不思議でもある。各人の「個」が溶け合っているような中にも 妙な涼しさがあり 一人一人の「個性」はきちんと立っており読後は非常に爽やかだ。
言うまでもないが 本作は作者が紡ぎだした ある種のファンタジーである。本作で展開される男同志の友情と勝手と その家族まで交えた複雑な愛憎関係を 女性が書き出したという点は 本書を読むにあたって見逃すことは出来ない。女性から見た男性の友情とはこういうものなのだろうかと 再度考え込んでしまう限りだ。
基本的な生活
★★★★★
仙吉とその妻たみ、仙吉の戦友門倉の微妙な人間関係。彼等のほか仙吉の父や娘や門倉の本妻と二号さんたち、みんなひとりひとり人間らしく光っていて引き込まれます。大人って色んな面があるのだ、と思わされます。もちろんフィクションだけれど昭和にこういう人たちがいてこんな風に暮らしてたんだと思うと、懐かしい気持ちになります。
ポスト・TSUTAYA
★★★★☆
図書館にて。初めて向田邦子さんの本を読みました。神社の鳥居に並んだ一対の狛犬あ・うんのような友情で結ばれた二人の男と、その間で揺れる女への密かな思慕を描いています。この本のテーマは「一番大事なことは人に言わないものだ」「大人は大事なことは、一言もしゃべらないのだ」という文中の言葉に集約されている気がします。現代作家なら白黒はっきりつけて描いてしまいそうな微妙な所を、よく描いていると思います。俺はまだまだガキだと感じました。心に残った言葉「逢いたい気持ちを抑えて逢わないのが愛だということ」
本屋ふたたび
★★★★★
初めから終わりまで、外から見れば、二組の夫婦の関係はなんら変わっていないのかのように見える。仙吉と門倉は、神社の狛犬のようにいつも二人、あ・うんの仲。仙吉の妻たみ。娘のさと子。そして門倉の妻君子。門倉のたみへの想い。たみの、仙吉を想う、門倉を想う姿。君子の門倉への想い。それぞれの想いが、言いたい言葉を飲み込む瞬間に、他愛のない会話が止まる気まずい瞬間に現れる。日常を舞台とし、身の回りのものを使ってこんなに豊な、繊細な感情の表現ができるなんて。いや、言葉を飲み込むためにコロッケをほおばるからこそ、読む側が見る側が胸をつまらせるのだ。言葉にできないものを、言葉にしないままで、でも言葉を使ってこれだけ描けるなんて。すごい。
梅雨前線
★★★★☆
普通の日常を書いたお話は苦手なはずの私がすいすいと読んでしまいました。
マムマム書房
★★★★★
向田邦子の作品の中でいちばん好きなのがこの小説。この人の文章はどうしてこんなにうまいんだろう。読後は必ず、深いため息と感動。
浮き草
★★★☆☆
神社を通るたびに「あ・うん」を確認してしまう。幼い頃みた恐い顔の狛犬が、少し可愛さを帯びてきた。
書肆こんな本が読みたい
★★★★★
向田邦子の数少ない長編。いい文章を書く人でした。