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ナポレオン (潮文学ライブラリー)

価格: ¥1,500
カテゴリ: 単行本(ソフトカバー)
ブランド: 潮出版社
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すばらしい名文が読める。 ★★★★☆
 いよいよ出産の日がきた。ナポレオンが待ちに待った嗣子誕生の日だ。一八一一年の三月十九日だ。産婦はその晩から苦しみはじめて翌暁におよんだ。徹宵(てっしょう)して看護していたナポレオンが、朝の八時ごろ例の熱い湯にはいっていると、侍医が飛んできて異状を報じた。母子とも二人ながら助けることはむずかしいというのだ。「母を救え!」彼は言下にそう叫んだ。

 出産がすむとナポレオンはその愛妻の枕頭(ちんとう)に立って蒼(あお)ざめた唇に接吻した。彼女の命が安全と見極めのつくまでは、生まれた子供には見向きもしなかった。

 それは男の子であった! しかし息が止っていた。医師の介抱(かいほう)で嬰児(えいじ)が生き返って、わっと泣くと、ナポレオンは走りよって、その子を自分の腕にとりあげた。熱い涙がとめどもなく彼の頬から流れ落ちた。長い歳月の危険な生涯、それはただ愛児に大帝国を残したいばっかりだ。その子がおまえなのか。

 いんいんたる砲声がパリ満城にひびきわたった。二十一発なら皇女、それより多ければ男子だ。チュルリー宮殿の正面に集まった幾万の群衆は砲声を数えた。十八、十九、二十、二十一、そうして二十二! そのとき期せずして万雷のごとき歓呼が起った。

鶴見祐輔『ナポレオン』ではこんな文章が読めます。余計な言葉はいりません。すばらしいの一言でしょう。