19世紀フランス文学の最高傑作
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19世紀フランス文学の最高傑作は?と聞かれたら、「感情教育」と「赤と黒」を挙げます。
感情教育のストーリーは、アルヌー夫人という人妻への恋慕が話の筋になっているのですが、
主人公がパリの街で学び、遊び、友人たちと政治について議論する場面などから、二月革命前の社会状況を、ありありと彷彿させます。
パリの社交人達との乱痴気騒ぎ、高級娼婦ロザネットとの恋愛などは、放蕩と頽廃が伝わってきて、フランス文学の特徴を顕わにしています。
また、当時は、政治的な主張を表すためには、新聞社を作り、自分の言論を世に問うというジャーナリズムの黎明期であったことなども作品から伝わってきます。
アルヌー夫人へのプラトニックな恋愛とロザネットとの肉感的な恋愛を縦軸に、二月革命前の社会状況と革命が進行する中での生活を横軸に、ストーリーは展開していきます。
19世紀には、バルザックやユゴーゾラといった作家もいるのですが、社会状況を的確に描きながら、個人の人生を描き切った作品として、本書をお勧めします。
興味を持たれた諸君へ
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みなさんの周りにもいませんか?
以前には「○○こそ最高の歌手だ!」と言っていたのに、今では「あんな歌手バカバカしい。夢中になってた自分が恥ずかしいよ」と言う人。その逆のパターンもありますね。
本作『感情教育』には、そうした人たちがたくさん登場します。彼らは、信念や思想、人に対する評価や好意、趣味や服装等に至るまでを、その時々の立場や状況なりに左右された「気分(感情)」でころころと変えていくのです。強烈な個性が必要とされるので、物語のヒーローであれば一貫した態度を貫いて生きていく人は珍しくありませんが、そうした人は現実には稀にしか存在しません。近代以降になると社会の構造が複雑化してきましたから、力の無い人間には、どうしてもこうした処世術が必要になってくるのです。本作の主人公もその例外ではないのですが、彼に何か特異な性質があるとすれば、それは「美に対する原初的な感覚」のようなものが、まだかすかに残っているという点でしょう。
この小説は、どこか部分だけを取りあげて紹介するのが難しい作品のひとつです。それだけ奥深いのです。僕個人にとっては「カラマーゾフの兄弟に並ぶ小説など存在しない!」という考えを、最初に改めさせてくれた作品でした。まあ、明日にはころっと変わっているかもしれませんが……。幸い『感情教育』に対する高評価は現在も続いております( ̄ー ̄;)
ユーモアに富んだ恋愛小説
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フローベールは写実的だ。本書に限らず、「ボヴァリー夫人」「サランボー」でもそうであった。細部にわたるまで描写がしっかりしている。こまかく書きながら、そのどれもが無駄な描写でない。これはすごい。
本書は「写実性」において他のフローベール作品より上であるが、同時に人物描写、人物のエゴのぶつかりあいなどにおいても、ひょっとしたら他のフローベール作品より上かもしれない。もちろんこれを引き合いに出して、本書をフローベールの最高傑作だ、と断言するつもりはないが。無論、そんな下手な解釈抜きでも、本書はフローベール作品の中で、1、2を争う作品だと思っているが。
フローベールは諧謔精神を持っている。本書をお読みになられた方にならおわかりいただけると思うが、ユーモアに富んでいて、それがまったくすべっていない。高踏ぶりたい凡百の芸術家気取り作家とはまったく違うのだ。そうじゃなけりゃ「紋切型辞典」なんか、書けないでしょう。
話がややそれたが、単純に恋愛小説として、本書はさほど(21世紀になった今においても)古びていないことも挙げておこう。フレデリックくんにぶつかる困難は、今、恋をしている方のそれとさほど変わりはないのではないだろうか。ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」と本書を同時に読んでみると、よくわかることです。
「ボヴァリー夫人」と本書の違いは、雰囲気が明るいこと。「ボヴァリー夫人」のラストなんかはやややりきれないものを感じるが、本書にはそれがない。だが、それがこの小説の価値をおとしめるものではまったくないのだが。
ボヴァリー夫人ほど主人公のキャラクターがくっきりしていないが
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フローベールらしいいかにも優美で音楽的な文体だが、主人公のキャラクターがボヴァリー夫人ほどくっきりと際立っていないのが難点だろうか。しかしいずれにしても「ボヴァリー夫人」と並ぶ、フローベールの名作であることは間違いない。
パリの石畳を行く馬車の音が聞こえる。
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フレデリックが恋に落ちたその人は人妻。セーヌ川を下る船上で手摺に掛けたその人のストールが滑り落ちるその時に、嗚呼!青年の運命の恋が始まる。声の美しい歌姫のような黒い髪の女。ご主人と船のダイニング・ルームの白い卓布を掛けたテーブルで昼食を取るアルヌー夫人。手首のエメラルドのブレスレットが水を注いだクリスタル・グラスにかちかちと光を放ちながら当たるその音。
フローベールの小説はこうした音楽的視覚的臨場感に支えられて、読む者そしてそこから想像する者の五感を100%満足させてくれます。パリの石畳を走る馬車の馬の蹄や荒い鼻息、そして車輪が道路を転がる音さえもはっきりと耳に聞こえる。そういう小説です。素晴らしい読書体験をあなたも経験なさって下さい。